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 僕にとっての最古の記憶。それは、いつかの春。桜吹雪の中で、幼い花弥が微笑む姿だった。  花弥は、舞い落ちる花びらを受け止めようと目一杯に両手を広げていた。まるで、生まれてきた喜びを全身で表現しているかのように見えた。こういう光景を、人は幸せと呼ぶのだろうなと思った。  それからの僕は、花弥のことばかりを考えるようになった。  花弥だけを待った。花弥の声だけを欲した。  嬉しいことに、花弥は何度も僕に会いに来てくれた。季節を問わず、気まぐれに、だけど何か約束を果たすみたいに。  花弥は成長した。いくつかの葛藤を乗り越えて、着実に大人になっているように見えた。その過程で、彼女が人知れず孤独を抱えていることを知った。  花弥はいつもひとりだった。人前で声を発せないことを知ったのは、最近のことだ。
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