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「やっぱり、うまく話せなかったよ」
その日の夕方。帰りのバスから降り立った花弥は言った。光を宿したばかりの常夜灯が、破れかけた時刻表を照らしていた。
「結局、自分の名前さえ言えなかった。なんで、いざとなると声が出なくなっちゃうんだろう」
花弥の悩みは深刻なようだった。
もったいないな、と僕は思う。花弥はこんなに綺麗な声を持っているのに。
『きっと、少しだけ時間がかかるだけなんだよ。ほら、僕に向かってなら、ちゃんと話せるじゃないか』
肩を落とす花弥に、僕は語りかけた。
「少しずつ、みんなと話せるようになれるといいな」
『なれるさ』
「わたし、普通になりたいの。友達と笑い合ったり、たまにケンカをしたり、いつかは恋をしたり……そんな、普通の女の子になりたいんだ」
『君は普通で素敵な女の子だよ。僕はそれを知っている』
夕陽が落とした僕の影に包まれて、花弥は顔を上げる。
「うん……もう平気。話してたら、すっきりした。ありがとう」
『どういたしまして』
「じゃあ、また明日。おやすみなさい」
『おやすみなさい、花弥』
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