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夏が訪れた。太陽が容赦なく照りつける。田園の青が眩しい。揺れる陽炎も見飽きてしまった。朝も夕方も、蝉しぐれと共に花弥を待つ毎日だ。
帰りのバスから、花弥が姿を見せる。最近の花弥は少し変だ。どこかふわふわしているというか、まるで雲の上を歩いているかのように見える。
「友達ができたんだ」と、花弥は言った。
「男の子なの。同じクラスで、一緒に図書委員をしてて……わたしがうまく話せなくても、ぜんぜん気にしないで笑ってくれるの」
花弥はカバンからノートをとりだして、僕に向けて開いてみせた。
「こういうふうに筆談してるの。とても楽しいんだ」
僕は文字を読むことはできない。だけど、その文字に宿る想いを、色合いのような形で認識することができた。花弥の文字は、柔らかな薄紅色をしていた。
「こうやってね。何度も読み返しちゃうんだ。それでね、心臓がじんわりと溶けそうになるの。まるで口に入れた綿菓子みたいに」
ねえ、と花弥は言った。
「これって、もしかしたら恋なのかな?」
『そう……かもしれないね』
「あなたは、恋を知ってるのかな?」
『もちろん、知っているよ』
「憧れてたんだ。友達と好きな人について語り合ったりすることに。恋バナって言うらしいよ」
『聞かせてよ。花弥のことなら、僕は何でも知りたい』
「でも、わたしが一方的に話すのって、ずるいよね。わたしも、あなたの声が聞きたいな」
ああ、本当に、と花弥は言った。
「あなたが人間だったら良かったのにな」
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