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僕は名も無い桜の木だ。もう何年も花を咲かせることもできていない、朽ち果てるのを待つだけの老木。多分、百年やそこらでは足りないくらい、この場所に佇み続けている。
このバス停に寄り添いながら、僕は人という存在を見つめ続けてきたのだと思う。だからだろうか。僕は人の営みを知っていた。人の言葉を知っていた。人の想いを知っていた。
ただ、花を咲かせては散らしていく。そんな遥かな年月の果てに、僕は花弥という少女と出会った。
その日、僕の中に自我が生まれた。その理由を、僕は長い間考え続けてきた。そして、ひとつの解釈を導き出した。
慕情という言葉を、僕は知っていた。人が人を恋しく思う気持ちのことだ。
例えば、と僕は考える。僕が無意識に光合成をしているように。あるいは、地中から水を吸い上げるように。花弥という存在が僕の何かに作用した。そして慕情のような成分が生まれ、それがきっかけとなり、人に近い感覚を目覚めさせたのではないか。
馬鹿げているけど、そう思っている。そう思うくらいは、許されてほしかった。
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