1人が本棚に入れています
本棚に追加
夕方が過ぎて、最終のバスから花弥が降り立った。
失敗したのだと、ひと目見てわかった。泣きはらした後のようなその表情に、底知れない悲しみの影が見受けられた。
「結局、自分の声で伝えられなかった。胸が苦しくって、息もできなくて……だから、いつもみたいに文字で伝えたの」
僕は黙ったまま、花弥の話を受け止め続ける。
「引っ越すんだ、って。そしたらね、彼が言ってくれたんだ。『君のことが好きだ』って」
うれしかった、と花弥は言った。
「だけどね、わたし泣きながら逃げちゃったの。わたしも好きだよって、言いたかったのに。やっぱり声にならなくて……言葉ひとつも、生まれなくって……さよならさえも言えなかった」
花弥がしゃがみこみ、膝を抱えた。
「わたし、なんでこうなんだろう……ねえ、教えてよ。何か言ってほしいよ……」
花弥が泣いていた。
慰めたいと思った。だけど、僕の言葉は届かない。朽ちかけた枝を伸ばそうとしても、花弥を抱きしめることはできない。
春の夜に佇むだけの、まるで虚空のような存在。
僕はなんて無力なんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!