《蛹の隅で》

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《蛹の隅で》

夏になって、太陽が顔を出す。クラスで、君が修学旅行委員になることを知った。ちょうど、君とよく話している、小原と山崎が昼休みにそのことを話しているのを聞いた。表では平気な顔を出しつつ、寸分漏らさぬように耳をそばだてて、腹の奥でガッツポーズをした。やっと、僕にも回ってきたチャンスだ。4時間目が来るまで、ずっと、ソワソワしていた。心が落ち着かない。 ホームルームで石松が委員を募って手を挙げたのは、僕と君と金子の3人だ。「よかったじゃん」と、隣の席の水原が親指を立てたのを「まあね」と、そっけなく受け流して、制止した。が、もちろん、本音は裏腹だ。 心臓の音が教室にこだましないかと、心配になるくらいの緊張で体が強張っている。今、誰か一人にでも、この思いを打ち明けられたら、どんなに楽だろう。手をあげている間も、何人かがこっちに視線を送ってきた。自分の周りの男子には、片想いのことがバレていたからだ。 「お、ちょうど、募集人数ぴったりだ。じゃあ、名簿に名前と出席番号、書いといて」 石松が上機嫌に言った。その声で、前に3人が集まる。その時、君が「よろしく」と、僕に笑いかけた。 あぁ、この世に女神がいたんだなって、全身にワッと鳥肌がたった。同時に僕の頭は一瞬で、ショートしてしまって、使い物にならなくなる。君が僕を、見ている。信じられない事実が、そこにあった。有頂天で、君の言葉に答えることも、忘れてしまった。それから、君がした不思議そうな顔をみて、後で死ぬほど反省したのは言うまでもない。 初めての委員会、君は会議が始まるまでの間、本を読んでいた。こんなに近づいたことはなかった。近くで見ても変わらない、いや、むしろ増している、君の可愛さに驚く。初めは目が泳ぎ過ぎて、美術室の至る所をくまなく巡回した。パニックだ。最後には美術室にあったローマ人の銅像と視線がかちあって、なんとか、メンタルが落ち着いた。それから、徐々に視線をうつしていく余裕ができる。 君は本を読んでいた。教室の時は、通りかかるのも一瞬で、なんの本を読んでいるかわからなかったが、今なら。タイトルは『鏡の中の鏡』、濃い緑の表紙にタイトルだけが書いてあった。全く見たことがないがない本だったけれど、君が楽しそうにページをめくっていたから、きっと、面白い本なんだと、思った。 次の日、図書館に行って、その本を探した。そしたら、少し離れたところに『鏡の中の鏡』が置かれていた。下のところを見ると、『ミヒャエル・エンデ』と書いてある。どっちも同じ作者の本らしい。かろうじて、『はてしない物語』なら、聞いたことがあった。後ろについている貸出記録を見ると、『鏡の中の鏡』は3人、『はてしない物語』は紙が2枚も重なっている。僕は『鏡の中の鏡』を棚に戻して、『はてしない物語』を手に取った。あんまり、マイナーなやつを持っていったら、怪しまれそうだし、作者が同じくらいが話のネタとしてもちょうどいい。 貸し出しカウンターにいったら、柿谷がいた。こいつが図書委員をしているのは、完全に盲点だった。最悪だ、ため息をつく。柿谷は僕の顔を見るなり、驚いた顔をして言った。 「なんだ、意外な客だな。本なんて読むイメージ全然、なかったぞ。しかも、それ、手に持ってるやつ、『はてしない物語』だろ。そんなメルヘンチックなやつ選ぶなんてありえなすぎる。槍でもふるんじゃないか」 天パを揺らして、捲し立てる言葉の圧に押されて、笑ってしまった。警戒に 「そうか?」 「自分でも流石に、わかるだろ?お前のイメージに全然、合わない」 「怖いわ。どんなイメージ、持たれてるんだよ」 柿谷は即答する。 「こういう類のやつをくだらないって、蔑んでそうな感じだな。全く歯牙にもかけなそう」 完全に、図星だ。柿谷とは部活が一緒で悪い奴じゃないが、結構、勘が鋭い。つまり、こういう、後ろめたい時には最もやっかいというわけだ。 「まぁ、たまには読んでもいいかなって」 やり過ごそうと、唇を噛んだのが余計、悪かったらしい。次の瞬間には、二の矢が飛んでくる。 「あ、もしかして、天音ちゃん関係?」 こいつは、確信犯だ。それにしても、早すぎる。降参の印にため息をつくと、柿谷はニヤリと笑った。 「あの子、本好きだもんなぁ。結構、図書館にもよく来てるよ。流石に話したことは、ないけど。めちゃくちゃ美人だけど、俺のタイプではないから、安心しろ」 「安心もクソもないわ。相手にされないよ。それに、柿谷のタイプは、ロリだもんな」 「ちくしょー。言いやがったな。別にロリコンじゃない。アニメは、流石にノーカンだろ。ほんと、俺にだけあたり強すぎ。 あんまり、調子乗るなよ。今、お前の結構重要な秘密を握ったわけだし。口に気をつけないと、天音ちゃんに漏れちゃう可能性もって、まぁ、そのへんは俺の裁量次第だよなぁ」 「あー、今のなし。まじでごめん、ごめんって。昔からのよしみで、許してくれよ」 僕が調子良く手を合わせると、柿谷はゲラゲラ、気分良さげに笑った。 「それで、お前はまだ、あの子にゾッコンって、わけか」 「ほんと、よく気付くよな」 「お前、自分が思っている、よりわかりやすよ。俺にはちと、イジーすぎたな。今度はもっと、全力で隠しにこいよ。恋してるんだな、こいつって、事情を知っている奴なら、誰でも察せるっていうか、全面的に宣伝してるぐらいのもんだぜ。そんな顔してあるいてたらなぁ。でも、いいよなぁ、あんな可愛い子と恋愛できるのは、顔面貴族だけだぜ。足が速いやつがモテる時代も終わったしなぁ。昔より、容姿にシビアになったくせに、ニキビは沢山できるし、マスクが手放せねぇ。俺もしたいわ。そうだ、黙っとくかわりに、今度、いい子紹介してよ」 「そんなこと、俺に頼むなよ。まじで、なんにも知らないよ」 「えー、だって、お前、モテるじゃん。また、女の子ふったって、噂たってるぞ」 「馬鹿、それ一年前くらいの話だろ。最近なんて、野郎としか話してないっての」 「うわ、プレイボーイのいうことは違うなぁ」 「うるせぇ、まだ、童貞だわ」 「おんなじバンドやってて、この差はなんだよ。身長か顔面か。どっちも勝てねぇよ。クッソー、時代が俺についてきてないんだ」 「確かに、平安時代なら、うん、絶対、モテモテだったよ」 「それ、逆に時代遡ってるっーの。はぁー、ほんと、不平等だよな。しかも、お前は全然、悪い奴じゃないんだよ。イケメンは全員、性格最悪とかにしてほしいわ。ずるいよなぁ、こちとら容姿が悪いせいで、性格まで歪んでるっていうのにさぁ。流石に、ペナルティが必要だろ?思わないか?なぁ、イケメン」 「その呼び方やめろって、別にイケメンじゃないし。それに言うほど、完璧じゃないだろ。欠点ばっかだ。むしろ、僕は柿谷の話術が羨ましいぐらいだよ。こっちなんて、話を振ってもらってばっかで、会話が続かないんだぞ」 「イケメンがホザイてるわ。まぁ、でも、確かに、蒼空は話し下手かもな。じゃあ、いっちょ、一肌脱いでやるか。今度、部活で俺プレズンスのおしゃべり道場、開校といこうか。ビシビシ鍛えてやるから、覚悟しとけよ。後輩も参加したら、盛り上がりそうだし、いいレクになりそうだ」柿谷が僕から受け取った、バーコードをスキャンした後で、本をギュッと手に押し付けて、しみじみと言った。 「仲間の卒業は悲しいが、友達として、健闘を祈るよ」 「ありがとう。せいぜい、爆死してくるよ」 二人で、敬礼をして、立ち去る。こういう風に扱われると、自分の行動を、つい、かえりみてしまう。こんなダサい準備がもしも、君にもバレたら、軽く3回は腹を切れる気がする。
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