《僕の延長線》

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《僕の延長線》

大晴の言葉に押されて、告白を決めた。体育祭の日がついにやってきた。朝起きると、なぜだか、昨日の夜よりは大丈夫になっていた。君と会ってから、僕の心は不安定だ。自分でもあまり上手く調節できてる自信はない。 もしかしたら、仕事で忙しかったのもあったかもしれない。1日、審判の仕事があって、君とは話せなかった。陸上部の君は、午後のクラス対抗リレーの選抜メンバーだった。そのことはなにかの会話の中で聞いて、リサーチ済み。あんまり目立つのを好まない君のことだから、友達からの推薦を断りきれなかったんだろう。確か、うちのクラスの女子はリレーの希望者がいなかった。みんな、代表になって、矢面で責められるのを嫌がっていた。男子の方でさえ譲り合いの交渉がめんどくさかったのだから、女子ならなおさらなんだろう。こういう時の、炙り出しが僕は苦手で、ずっと影を薄くして、黙っていた。誰かが出るまで終わらない、なにか質問が飛んでくるならまだしも、無音の心理ゲームを耐え続けるのはしんどかった。でも、そんな時に、君は「私がやります」といったんだろうか。君のそういう真っ直ぐなところに憧れる。時々、かっこいい君のギャップにやられてしまう。 3番走者だと教えてもらっていたから、君の出番を係の控えテントで待っていた。元々、シフトが入っていたが、別の友達に変わってもらえてよかった。 ピストルの音が、空に響く。一斉に走るランナーの群れと爆音の学園天国が、会場を盛り上げる。初めは一直線だったのに、段々と差が離れていく。二周目では最下位と最上位で、半周も差がついている。一匹の生き物のように伸びたり縮んだりを繰り返す様に息を飲む。「頑張れ」の応援に耳を貸す走者はいない。みんな必死に走っているからだ。あと一メートルに顔を真っ赤にして、風にフラつきながら体を前に持っていく。さらにボルテージの上がっていく歓声。僕らは僕ら自身がその熱狂の中にこぼれないために、声をあげていた。確かに何百人もの生徒が、この瞬間にひとつのものになりたがっていた。 君の番が来た。うちのクラスは3番手だ。君の手に黄色のバトンが渡される。 少しずつ体勢が上がって、加速していく。君が背を伸ばした時には、すでに前には誰にもいない。独走状態だ。 そのまま、半周も差をつけて、君がゴールテープをきる。僕が見ていられたのは、そこまでだった。君の周りに生徒達が集まってきて、囲んだからだ。君にはいつも、沢山の友達がいる。自然体で伸び伸びと生きていく。そんな君の生き方に、みんな惹かれている。心を許せるような、そんな繋がりの作り方を僕は知らない。あの日、風に吹かれて咲いていた君の笑顔が瞳の裏に浮かんで、目頭がほんの少し熱くなる。 あぁ、眩しすぎる君が僕の愛を受け取ってくれるだろうか? 結論は、暗雲の中だ。そして、緊張が限界に達すると、むしろ、判決を聴きたくて、しかたくなくなるのだ。未来に待っているのが、死刑宣告でも、当たって砕けていい気分がする。自暴自棄だ。体育祭は、僕が思うよりあっという間に終わって、日もそろそろ街を旅立つだろう。 客観的に冷めた分析と過度の臆病は重なって、頭の中身はお好み焼きのもとのように、ぐちゃぐちゃだ。不安と期待のせめぎあい。その配分は、廊下を歩くうちに何度も反転して、もう、わけがわからなくなる。なのに、足取りはどんどん速くなる。 廊下のどん詰まりを曲がって……。 階段の前、スカートを揺らす君がいた。 思わず、後退りしそうになって、心の中で唱えた。目をそらすな、と。昨日の二の舞になっちゃダメだ。ここだけは逃げられない、正念場。 でも、すぐに切り替えるのは難しい。「どうしたの?」なんて、君の問いや真っ直ぐな視線に反応して、僕の口元の酸素がどんどん薄くなっていく。早く言えよと腹を立てんばかりの拳の握り方とは裏腹に、唇が震えて、肝心の言葉が出てこない。 その時、不意に大晴の言っていたことを思い出す。 『好きと伝えたところで、終わりじゃない』 僕は息を吸った。 そうだ、何百、何千と振られてもいい。君を愛し続けたら、いつか……。いや、そうじゃない。今だって十分すぎるのだ。河川敷の石ころのような、ありきたりでつまらなかった僕の人生が、どこを切り取っても映画の中にいるように特別になったんだから。 大丈夫、僕は君がいるだけで幸せだ。 僕は誓う。一生、君を思うんだと。 「好きなんだ」 君を見つめて、僕は言う。 「俺と付き合ってほしい」 そしたら、君は答えを告げる前に、僕の胸に飛びこんできた。ふわりと香る匂い。それは世界で一番、好きな匂いだ。遠くから見ていただけの傍観者が今、世界の中心、君に触れている。全く、現実なのか、信じられなくて、君の髪を凝視して、1秒ごと君の姿を捕らえておく。シャツに埋まっている。だから、一番大事な君の顔は見えない。君はどんな顔をしているだろう? 予想外に、僕の胸から啜り泣く声が聞こえた。ハッとして、衝動的に腕を回す。その後で、嫌がられないかと不安になったけど、君は何も言わなかった。手を背中までもっていくと、君は僕の中にすっぽりと埋まって、君の熱さや震えが伝わる。 「大好き」 君が言った。その言葉だけで、僕は泣きそうになる。僕と君とが同じ気持ち、通じ合っている。こんな奇跡があるなんて。 僕は君の言葉を追うように、口を開く。 「僕も好きだ。君がほんとに、大好きだ」 もう、その言葉を我慢する必要もない。    帰り道、君と少しだけ距離を開けて、歩いた。横を見ると、君の目は赤かった。君は腕で拭いていたような気がするから、明日、腫れないか心配だ。涙でかぶれたら、ヒリヒリするだろう。 ハンカチを渡すついでに、僕は話を切り出した。 「あのさ、今度、どっか遊びに行かない?」 「それって、デート?」 君が聞いた。直接的な言葉に、なんだか少し戸惑ってしまった。 「まぁ、そんな感じかな」 「そっか。じゃあ、服とか、髪とか、頑張らなくちゃ。てか、私達、デートもしないで、付き合っちゃったね。こんなの初めて」 君が笑った。確かに、忘れていた。というか、恋愛自体が初めてで、正解なんて、わからなかった。そう、僕にとって、君が初恋だったから。まぁこんなこと、恥ずかしくて言えるわけはないけど。 「夏だし、夏祭りとか花火とかはいいかも。ちょっと、遅いからやってるか微妙だけど。あ、でも、初めは軽いところからの方がいいかな。ご飯とか、カラオケとかでも、楽しいと思うし。どっか行きたいとこ、あったりする?」 「うーん、そうだな、今すぐには決められないかな。色々、ネットとか見て、決めたい。いく場所とかも含めてね」 「そうだよね。僕も見とくよ」  一人で舞い上がりすぎた。これは反省だ。少し俯いた時、君がいった。 「あのね、私、初めてのデートだから、大事にしたいの。たくさん思い出つくりたいし、それに、あなたとやりことがあり過ぎて、すぐに決められそうにない。だから、ちょっとその質問の答えは待っててほしいなって」  付き合っても変わらないらしい。僕は、君の言葉ひとつで考える余裕をなくす。 「そっか、好きだよ」 「急になに?びっくりした」 「ごめん、ごめん。つい……」 「それにしても、脈絡なさすぎ」 口調は強いのに、君の声は嬉しそうだ。 それから「デート、楽しみだね」君が言う。 「うん、好きだよ」 「ねぇ、ほんとに話聞いてる?あんまり、からかわないでよ。こういうの慣れてないから、恥ずかしくて、死にそう」  君が顔を手で覆って、照れてる姿にキュンとして、余計、歯止めが聞かなくなる。 「好きだよ」 「バカっ」 僕の肩を君が叩いて、ふたりで見つめ合って、そしたら、今さら両思いってことにおかしくなって、それで笑い合って、あぁ、愛しいなって、また思う。些細なやりとりに、ふと、こんなことを考える。二人で毎日を重ねて、いつかこれが当たり前になったら……。僕は、どこまで、君を好きになるのだろう? 空を見上げると、ほんの数ヶ月前よりも近づいた雲が僕のこめかみのあたりを流れる。 ーーあぁ、君色の世界で、僕は死にたい。 ふと、浮かんだ願いは支離滅裂なようで、不思議と僕の心にするりとなじんでいく。そうだ、最期の最期まで、僕はただ、ずっと君のそばにいたいんだ。
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