《進む道はどこだ?》

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《進む道はどこだ?》

「医学部を目指そう」  塾の面談で、野崎先生はいった。模試の結果を見て、そう判断したんだろう。薄々、そう感じていた。僕の志望は元々、薬学部だった。が、薬学部は2回ともA判定が出ていた。工学や建設には興味がわかなかった。ほとんど、消去法の医療系で薬学部を選んだことは、先生も承知の上だったからこその提示だろう。その判断に異論はない。もちろん、医学部に行けるなら、そっちの方がいいに決まっている。同じ6年生でも、薬剤師と医者だと、給料が全然、違う。 「ちなみに、今、やってる部活はどうする?」 「文化祭が終わったら、部活は引退するつもりですけど……」 「そうか、ちょっと遅いくらいだが、まぁ、許容の範囲だし、目をつぶろう。そこまでは全力でやっていい。その代わり、あとは勉強に集中な。やっぱり、メリハリが大事だ。夏休みも正念場だったが、これから、もう一段階、ギアを入れなきゃいけない時期だからな」 その言葉に、息を飲む。夏休みでさえ、10時間近く塾に缶詰になっていたのに、これ以上、勉強するのか。嫌だとかの前に、そんなに人間って机に向かえるものだろうかという心配が勝つ。  野崎先生はいい人だ。時々、厳しいことを言うこともあるけれど、全部、僕の将来のことを考えて、東大生で、この人は知らないことがないんじゃないかと思うぐらい博識だ。下手したら、学校の先生より頭がいいかもしれない。どんなに難しい問題も、野崎先生のところに持っていくと、スラスラ解けるようになる。  医療系に興味を持ち始めたのも、野崎先生がきっかけだった。それまで、記憶科目だと思っていた生物の印象がガラリと変わった。大学で習うような深い知識や、そもそもの理由なんかを知ると、いくつもの歯車を回して作られる、時計みたいに、人間の体がすごく合理的に作られていることがわかったのだ。一種の芸術にさえ、見えた。医者になったら、上手くやる自信はある。  それから、野崎先生は僕にいくつか大学を見せた。 夜10時、塾から家に帰って、君を守るために必要なことを書き出してみる。  まずは、お金、力、人脈はマストだ。それから、権力とあと10センチくらい高い身長もあったらいい。名誉はいらない。名誉にバツをつける。  どうしても、学歴は避けられない。お金を持っているだけじゃ幸せになれなくても、お金がなきゃ、なにも守れない。親に迷惑をかけないためにも、国立に行かなくてはならない。そしたら、地方で寮生活だ。今の実力じゃ、東京の医学部にはいけない。  福岡や山形なら、なにかあれば、東京にもすぐ帰ってこれるし、長期休暇は帰省できると、野崎先生はいっていた。  君は附属の大学にいくから、東京に残る。しかも、君の方が2年早く社会に出る。不安になって、ネットで調べると、新しい環境で心変わりしたというのが別れの理由の上位を占めている。遠距離と打っても、別れる、破局、冗談にもならない言葉が並んでいる。モテる君のことだから、大学に入ったら沢山の男に言い寄られるに決まっている。サークルも飲みかも危ない。もしも、他の男の家に連れ込まれて……、僕は首を振る。そんなことするわけがない、君がそんなこと……。どんなに愛し合っても、別れる時は別れますよ、いいねを3000も貰っているコメントの言葉に心をやられている。僕はまだ、こんなにも弱い。
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