《重なるレンズ》

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「ただいま」 ドアを開けて、見慣れた玄関を見ると、どっと、デート終わりの疲れがおそった。「おかえり」リビングから母の声が聞こえた。珍しく、父親はまだ帰ってきていないみたいだった。今日は運がいい。ショートブーツを脱いで、自分の部屋へと直行した。 服のままベットに飛び込んで、あなたからきていたメッセージに返信をする。 『家着いた?遅くなってごめんね。今日は楽しかったよ!』 『全然、大丈夫だよー。送ってくれて、ありがとう。私も楽しかったよ』 9時32分、お風呂に入るのは面倒くさいけど、父が帰ってきて、どこに行ってきたんだとか、あれこれ聞かれるのも絶対、嫌だ。 洗面台にやっとたどりついて、新しいワンピースを脱いで、レースのイヤリングをとって、灰色のスウェットに腕を通す。それから、洗面台で歯磨きのついでに、目尻の窪みのアインラインまでちゃんとメイクを落として、化粧水と乳液を顔に塗りたくる。 そうやって、鏡を見ながら、今日一日の行動の隅々まで『あなたのため』になっていたことに気づいて、他人事のように微笑ましくなった。女の子でよかったなって、しみじみ思う。 昔はおしとやかでいることなんて面倒なだけだったのに、『あなたのため』って頭につけば、嘘みたいにやる気が出る。今でもあなたは私に十分すぎるほど『可愛い』って言ってくれる。けど、そこら中に可愛い子や細い子がいるから、自信はない。だって、私はあなたを困らせるくらい、もっと、もっと、可愛くなりたいんだ。 そして、いつかあなたの隣で胸を張って、「彼女です」と名乗れるようになれたら、それこそが私の生涯で1番の幸せになるだろう。
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