《欲しがり病》

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《欲しがり病》

朝、学校に行くと、加奈子と目が合う。加奈子は、中学からの私の親友だ。問い詰めたいことがたくさんありそうな雰囲気を、顔から滲み出して、私を見る。「おはよう」からの「どうだった?」 それから、そのまま袖を掴まれて、廊下で事情聴取が始まる。 単純にどこへいった、なにをした、こんなことがあった、なんてことは、ペラペラ話せるのに、「もしかして、キスした?」核心をついた質問をくると、いきなり言葉が止まってしまって、不自然な間の後で、「するわけないじゃん」なんて、否定しても、そんなのアウトに決まっている。 「やるね」と、肩を軽く叩いた後で、加奈子は笑う。付き合いの長い加奈子には、そうそう隠し事はできないと、痛感する。知られたからって、広められわけでもないし、その辺はちゃんと信用もしているけれど、やっぱり、知られるのはすごく恥ずかしい。 「本当にしてないよ」と、悪あがきのような嘘を重ねた。私にはまだ、この恋の扱い方がわからない。からかわれるのが嫌だという、あなたの意見には賛成で、未だに学校では付き合っていることを隠している。 あなたとの関係を知っているのは、私の周りだと、特に仲のいい琴音と加奈子の2人だけ、あなたの方が誰に伝えているのかは、詳しく聞いたことがない。 二人で話していると、第2階段の方から、あなたが歩いてくるのが見えた。話しかったけれど、廊下に背を向けている加奈子は、あなたのことに気づいていないから、結局、あなたと目を合わせないで、気づかないふりをしてしまう。だけど、すくんだあなたの背が遠くなっていくのをみたら、「おはよう」ぐらい言えばよかったなんて、ため息をつく。余計な考えがよぎって、そうやって後悔するのは毎回のこと。 「今日で定期考査10日前だ。そろそろ、やり始めないと、痛い目を見るからな」 ショートホームルームで、担任の石松が脅すように声をかけると、クラスの中で悲鳴があがった。そういえば、来週に控えた試験の存在を完全に忘れていた。今日は、月曜日。恐る恐る手帳を確認すると、提出期限の近い課題が2つもある。特に緊急なのは、化学だ。金曜日にやった、実験のレポートは、そろそろやり始めないと、テスト勉強に支障をきたす可能性がある。 勉強したくないなと、独り言をいうと、めざとく聞きつけた石松が「次は数学補習かからないように頑張ろうな」と、声を掛けてきたので、「善処します」とあしらったら、クラスの端々で少し笑いが起こる。 中学の頃は勉強ができる方だったのに、高校に入ってからは数学についていけなくなった。というか、限界が来た。熱中するものも見つからないまま、無目的に勉強に向かうことが耐えられなくなったのだ。 教室の後ろの方に座るあなたの様子をちらりと横目で伺うと、誰とも喋らずに、真剣な顔で問題と睨めっこ中だ。明らかに学校配布のものじゃない、分厚い参考書。塾の宿題をしているらしい。話したかったけれど、邪魔するのも悪い。私じゃないない、なにかに熱中している、そんなあなたの姿を見ると、昨日のデートでしたことがもう、信じられなくなる。休日が終わって、日常が始まると、あなたといた瞬間から実感が抜け落ちて、昔見た映画の中のことのようにさえ思えてくる。 「次の授業、移動だよ。早く行こう」 「あ、そうだっけ」 目の前には、加奈子と琴音がいる。周りを見ると、クラスから人が少なくなって、電気が消えていた。 「土曜に先生が言ってたじゃん。図書館だよ。ほら、生徒証もって」 隣で琴音が言った。 「なに、ぼーっとしてんの。あいつのことでも考えてた?」 加奈子がからかうように笑って、正直すぎる耳たぶは熱を持つ。 「ちがうよ。テスト近くてやだなって、もう、行こう」 後ろで、「図星だね」と、ふたりの耳打ちが聞こえる。 図書館に行っても、私は一班で、あなたは8班。目をこらせば、ギリギリ見えなくもないけど、あなたと目が合うことはない。当たり前のことだ、あなたが私を探してないから。 「あと、2時間しか発表の準備に使えないから、集中してやりましょう」 英語の村上先生は長い髪を揺らして、声をかける。全員に話しているのに、なんだか私に向けて言われている言葉のような気がして、ビクッと肩が動く。そうだ、私にも私のやることがある。班員の人に迷惑をかけるわけはいけない。煩い止めに、机の下で手を少しつねる。 誰かの目があるほど、あなたとの距離が離れていく。雨が降って水傘をます川みたいに、視線が降り注ぐたびに、あなたが遠くへ行ってしまう気がして引きちぎれるほど手を伸ばす。ほら、あなたが私じゃない女の子と笑っている。なんの話をしているのかな?そんなことを思って、生傷を作っていくのは自分自身。全部原因は私で、あなたはなにも悪くないから、合わない時間だけすれちがっていく。
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