《夢みるお姫様》

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《夢みるお姫様》

テスト前になると、本格的にあなたからのラインの頻度が落ちた。元々、筆不精気味だったけれど、2時間に一度しか返事が来なくなって、文章も明らかに一行ずつ短くなった。砂時計みたいに、交わす言葉が減っていく経過が、あなたの気持ちの減退のように感じて、一度、ラインを送ってしまうと、帰ってくるまでの時間、あなたがなにをしているかを、延々考えてしまう。試験まであと3日、なのに、勉強もまるで手に付かなくなくて、ため息をつく。        初恋でもあるまいし、こんなに重い女になる予定はなかった。今まで3人と付き合ってみても歌の中の恋煩いの意味は分からなかったし、好きだと言われたら、素直に嬉しいなと、思うだけだった。 問題集に区切りがついたところで、ラインを見るとあなたからの通知が来ている。慌てて見れば、『国語のテスト範囲どこだっけ?』って、それだけ。なんだよ、そう呟きながら、すぐに写真を送っている。従順な犬みたいに、ワンワン泣いて寄り添って、あたり、ハズレ、ハズレと、あなたの反応ひとつひとつ引き出すたびに一喜一憂する。 今のあなたの頭は勉強でいっぱいで、きっと、私みたいに寂しくて悶々とすることなんて、ないんだろう。それが正解なのに、正解じゃ割り切れない心が片想いのように苦しくて、机を叩く。あなたに当たるわけにもいかない。私がやっぱり、厄介なだけだから。 今日はもう、勉強する気分じゃないと、スマホの電源を切って、ベットに横になる。10時45分、それでも、無意味に夜更かしするよりはましだ。せめてもの贖罪にアラームを5時に設定して、これで朝に1時間は勉強できる見積もりを立てる。とりあえず、学校に着くまでに問題集は全部終わらせないと、明日の小テストに間に合わないからだ。 電気を消して、ユーチューブの自動再生を止めると、途端にひとりぼっちが浮き立った。いつもなら加奈子や琴音と寝落ち電話をしながら、試験勉強をしている頃だけど、今回はやめた方がよさそうだ。勉強の進度を聞かれたら、ふたりから怒られてしまうだろう。数学ができない私を心配して、ふたりはいつも、勉強を教えてくれている。中学から一緒で仲のいい加奈子と部活が一緒の琴音。我ながら、二人も優しい親友を持ったと、思う。ただ、今回ばかりはいくら理由を聞かれても、答えられない。現を抜かしていましたなんて、あっけらかんと答えられるほど神経が太くない。 会いたくて震えるなんて歌詞を鼻で笑っていた、昔の自分が嘘みたい。感情が溢れそうになると、枕に顔をつけて叫ぶ、昔からの癖。下のリビングでは、父親がいるから聞き耳を立てながら、時々口をつぐんで、また声を出すのを繰り返して、モヤモヤを発散する。 一体、何をしていたんだろう?ひとしきり叫びきった後で襲われる虚しさと、眠らなきゃ、不意にやってくる現実の時間に焦りながら、目をつぶる。最悪なタイミングで道の方から聞こえる、タイミングの悪い救急車のサイレン音。不穏な雰囲気が重なって、どんどんと夜を切り詰める。誰にも打ち明けられない秘密を持ち越して、夢の中におちれば、夢の中でもあなたと会っている。 見たこともない、森の中にいた。スマホも往来もない。鬱蒼と生い茂ったプラムの木の陰だ。そこになぜか、二人きりで座っていた。「会いたかった」と、あなたが私の顔を見るなり、抱きついて「まだ、全然足りない。愛し足りないんだ」と、言う。 あれ、こんなクサいセリフ言う人だっけって、少しおかしくなって、笑ってしまう。 「馬鹿にしないでよ」 あなたがむくれる。なんだ、また、私の思い過ごしだったんだ。あなたはずっと私のことを見てくれている。大丈夫って、安心するための証拠集めと答え合わせをして、キスをした。もっとほしいな。 ――ほんとは、私もね。その本音を伝え切る前に、アラームが鳴る。 ジリジリと、部屋に響く雑音。西向きの私の部屋からは、光が差し込まない。電気をつけないと、朝か昼かも分からないほど、視界が暗かった。これが現実なのかも、怪しい意識で、続きはどこだと、呑気に思って寝ぼけていた。 それでも、立てかけられた鏡が、勝手に私の目を覚めさせる。鏡の中には、ボサボサの寝癖だらけの髪にメヤニだらけの目尻を引っ付けた浮腫んだ顔がある。さっきまでのリップを引いて、チークを乗せて、ポニーテールを揺らしていた、あなたのための私はそこにはいない。 都合の良すぎる夢から引き戻されれば、私が住むにはちょっぴり残酷な星に戻るだけ。顔や若さが全てで、化粧をして、髪の毛をまかなきゃ、まともに外に出られない、そんな容姿をひきずって暮らすのだ。 洗面台は少しだけ忖度をつけてくれるのに、部屋の鏡は現実ばかりを映すから、現実に打ち負かされそうな朝も、誰にも見えないところでは、相変わらず、お姫様に憧れている。ゴミ捨て場の悪臭の中で育ったスズランが純白の花を咲かせるみたいに、心の奥の流星に女の子は手を合わせる。女子高生になったら、勝手に垢抜けて、モテモテになると、思っていた。可愛いと言われないわけじゃないけど、ほとんどがお世辞だってわかっている。勘違いして、痛いやつにだけはなりたくないって、自制心ばかり歪めて育てて、簡単に戻らなくて、お手上げだ。 「学校なんて、くたばっちゃえ」誰に伝えるわけでもなく声を荒げて、ハリのないあくびをして、ベットから這い出る。こんな寒い日に布団から出るのは、氷河に落とされるくらいの拷問。凍てつくフローリングに恐る恐る足をつけて、やっと歩き出す。そんな時も視線はずっと、机の端にあるアレばかり。 昨日の返信は来てるかな?気にしないようにと、意識するせいで、そればっかりが気になってしまうジレンマに陥っている。誘惑に抗えないまま、スマホを触って、ラインを開く。あなたからの通知があった。返信を見るのにも、心の準備がいる。 この恋に前例は通用しない。今まで恋と信じてきたものが、全部ゴッコあそびに見えてしまうくらい本気で、正直、余裕がない。普通じゃない。意識しないと、少しのすれ違いも許せなくなっている。 どうせ、昨日送った写真のお礼だけだって、諦めをつけていたのに。 『ありがとう。まじで、助かったわ』 『そういえば、テスト終わり、時間あったら遊ばない?打ち上げしよう』 2段になった、もう一つの返信に「えっ」と、声を上げる。思わず、口角がピョンと跳ねて、さっきまでの苦笑いが消えていく。多分、私にしっぽがついていたら、もっとわかりやすかっただろう。チョロすぎるなって、呆れながら、喜ぶのをやめられない。 『やったー、いこ!私も同じこと思ってたんだ』 その言葉だけで、さっきまで悩んだことが嘘のように晴れている。今みた夢は間違ってなかったんだ。雨上がりに咲きだす花のように、朝らしいやる気が体にみなぎる。 昨晩から開きっぱなしの問題集。机に向かって、さぁ、かかっこいと、腕まくりして、シャーペンを握る。 どんな思い出も、不安を埋める材料にはならない。それもこれも、私たちは前に進んでいるから。かさばっていく思い出をどんなに大切に積み込んでも、最後に、船を進めるのは風だけだ。私は、あなたと色んな景色を見たい。だから、張った帆の中に、あなたからの愛の証明をいれて、こんなふうに私の背を押していて。
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