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ステップガール登場!
少女の名前はノイン。自慢の銀髪を肩まで伸ばした、細いフレームの眼鏡を
かけた魔法使い見習いだ。
地元のスクールを出て少しばかりの十八歳。魔法学院の受験にあっけなく失
敗し、今は「浪人」中の身である。
魔法学院は、魔法の素質を持ち、多額の入学金を払えば、誰でも入れる学校
なのだが、ノインはどうしてもお金が用意できなかった。もし成績優秀で特待
生に選ばれると、入学金も授業料もすべて免除で、四年間寮生活で存分に学べ
る。夢のキャンパスライフというわけだ。
つまり――目指すは特待生!
猛勉強をしながら、日々の生活費を稼ぐ。
特待生は狭き門だ。一分一秒が他のライバルたちとの勝負なのだ。アルバイ
トに時間をかけているわけにいかない。
手っ取り早くお金がほしい。
ノインは予備校でアルバイト募集のチラシを見て、電話をしたらその場で採
用された。面接も受けていないし、履歴書も提出していない。
「ほんとにそんなあぶない屋敷に行くの?」
ノインから話を聞いた浪人生仲間は青ざめた。
「大丈夫、ほんとにちょちょっと掃き掃除するだけだって。じっさい『ふり』
だけだし、掃除すらしなくていいらしい。ラッキーじゃない? ポケットに暗
記帳しのばせて、仕事中にばりばり勉強してやるわ」
「え、マジ……?」
仲間たちは若干引いていたが、ノインは気にしていなかった。
魔法学の歴史や基礎理念といった暗記用のメモ帳を、入念に準備した。
***
そして、アルバイトの初日。
白金館は、その名前だけ聞けば花と緑に囲まれ、さぞかし美しい豪邸だろう
と想像させる名前。実際は――
背中が伸びるような高級住宅街をぐんぐんと追い越して、木が切り倒された
さびしい林をぬけて、その先に、浄化することを放置された沼地がある。ひと
けが消えて、街灯もない、ゆるく坂を下った先にぽつねんと建った、灰色の
館。
庭師が年単位で不在なことが、手にとるようにわかる。広い庭は荒れ放題
で、雑草が伸び切っている。蔦は外門や壁にからまり、さながら100年の眠り
についた、いばら姫の城の様相を呈していた。
春の午後、空はこの季節にふさわしい快晴なのに、館とその周囲だけ暗雲が
立ち込めているかのような重苦しい雰囲気が漂っている。
確かにこの時点で逃げたくなる気持ちもわかるが、対価を得るためにそれ相
応の苦労が必要なのは当たり前だ。
裏門のベルを先程からずっと鳴らしているが、静まり返っている。約束は今
日のはずだ。
ノインは根気よく門のベルを鳴らし続ける。そのうち、門戸にはさまってい
た紙切れがひらりと落ちたのに気づいた。
『新しいアルバイトの人へ どうぞ入って着替えて、表に回って正門の庭先や
エントランスの掃き掃除してください。二時間でいいです。終わる頃に報酬を
お支払いします』
「え?」
誰も出迎えてもくれないようだ。
ノインはほんの一瞬ためらってから、裏門のノブをひねった。
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