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幽霊屋敷?
裏口から屋敷に入ると、内装は思ったより綺麗だった。静けさから人が住ん
でいる気配はないのに、まるで魔法で風を飛ばして一気にホコリを吹き払った
かのよう。ノインはお屋敷に足を踏み入れる経験など皆無だからわからない
が、白金館が呪われているとは思えない。
廊下を渡る途中で、備え付けの低い飾棚に、仕事着一式が用意されていた。廊下で着替えるのかと身構えたけれど、ほんとうに前にも後ろにも誰もいない。それに、ここの白金館は「女主人」が住んでいて、夫も子どももいないと噂だった。応募の電話に出たのも女性だった。
ノインは周囲に気をつけながら素早く着替えを終えると、中央のエントランスに出た。
正面玄関の扉前に、家様の掃き掃除道具と、庭用の竹箒、ゴミ袋などがあっ
た。
「よし」
ノインはさっそく竹箒を手に、庭に移動する。まず草むしりをしないといけ
ないレベルでぼうぼうと生えていた。草むしりはしたくない……。メイド服は
黒いロングスカートと白エプロンという非常にシンプルなデザインで気に入っ
た。けれど、これは仕事着にふさわしいかというと疑問である。
そうだ、ただのステップガールなんだから仕事しなくていいのでは?
ノインは、掃除するふりだけでいいのだ。
そう思い、彼女は最初の二回三回だけ草を取り、あとは堂々と、掃き掃除の
ふりをした。用意した単語帳をチラチラと見ながらの作業、実際にやってみる
と、効率的とはいえなかった。
庭に一時間ほど滞在して、そのあとは館の玄関先やエントランスにモップを
かけた。
業務時間が終わる頃にも、お客様なんてひとりも訪ねてこなかったし、館の
主人も顔を見せない。誰に見せる必要もないなら、いったいなんのために人を
雇って報酬を支払っているのだろう。そもそも、きちんと払うのだろうか?
ノインが不安にかられて、重い溜息を吐く。
壁掛けの時計は午後五時になろうとしていた。まだ窓から明かりが入ってく
るし、恐怖もない。
アルバイトはできるかぎり毎日、午後三時から五時まで来てください、用事
があるときは来なくて構わないです、連絡も不要です。
という、なんともふわっとした契約だった。
「あの、ご主人さま~? お掃除おわりました~」
さすがに勝手に部屋に入るのはためらわれる。ノインは声を上げながら、エ
ントランス横の廊下をできる範囲で移動した。部屋の扉はどれもことごとく閉
まっている。
返事もない。仕方なくノインは、着替えた場所で私服に戻った。
裏口に近づくと、また紙がはさまっている。
「あ!」
よろしくおねがいします。そう一言だけ書かれた紙と、本日分の報酬の紙幣
が丸裸で置かれていた。
「え? 最後まで会わずに…?」
ゴーストもいなかったけれど、人間もいなかった。たったひとりすごして、
ノインは白金館を後にした。
こんな日々が幾日も、行く日も続いた。そして――
三ヶ月が経った。
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