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そして―――今、俺は再び兄の前に立っている。
大学を卒業し、陣川製薬専務となった兄は重役が座る革の椅子に座っていた。
あの時と同じ、兄の部屋にはモーツァルトの魔笛が流れていた。
「兄さん、約束を果たしてもらうよ」
「内容は?」
「高窪物産の社長を解任させてほしい」
「このタイミングで言うか」
「今だからだよ」
両親は俺を結婚させようとしている。
妹の結朱が唯冬から婚約を解消されて焦り、兄妹二人が破談したとなれば、外聞が悪いと考えたようだ。
別に俺は解消されても構わないけど、両親は自分の子供に問題があるのではと言われたくないらしい。
結朱にも早く新しい結婚相手を探さなければと話しているのを聞いた。
「高窪家は俺と結婚できるって大喜びらしいね」
今週末の日曜日には両親同士の顔合わせがあり、結婚の話をする。
そこまで話は進んでいた。
それを兄も知っている。
兄は苦笑した。
「お前は本当に酷い奴だな。相手を喜ばせるだけ喜ばせて、そこから地獄に落とすのか。このタイミングを待っていたんだろう?」
「酷い奴だとか、兄さんだけには言われたくないね」
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