第十話 刻まれた言葉【アリシア】

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第十話 刻まれた言葉【アリシア】

 ケルトは、私のために自分の命を使ってくれた。 それが惜しくないと思えるほど私が好きなのだと言う。  私もケルトが好きだ。 よくわからなかった感情の答えは、あなたへの想い・・・。 これが恋・・・認めて受け入れた時、戦いとは違った熱が生まれた。  私の心を焦がすもの、心地よくて自然と口元が上がる。 この感情が生まれた時から気付いていれば、もっと幸福な時間を多く取れたのに・・・。 ◆  「あの・・・テーゼに帰ろうと思うんだ」 ケルトの鼓動を感じながら打ち明けた。  本当はこのまま一緒にいた方がいいのかもしれない。 でも・・・私は戦いたいんだ。あなたが作ってくれた剣で・・・。  「・・・うん、わかってるよ。ここに来た目的だもんね」 「最初は・・・作ってくれるなら誰でもいいと思っていた」 「そうなんだ・・・」 「でも、今は違う。あなたでよかった」 心からの言葉だ。 あなたは信じてくれるかな?  「どうして僕でよかったって思うの?」 「・・・思うものは思うんだ」 「そういうの、ちゃんと言葉にしてほしいな」 こういうの、なんだか苦手だ。  「ふふ、仕方ないなあ。・・・アリシア、愛しているよ」 私の体が抱きしめられた。  愛・・・とても暖かい。 だから返さなければ・・・。  「あ・・・えっと・・・わ、私もケルトを・・・あ、あい・・・」 言葉にするのは恥ずかしい。 伝えたいんだけどな・・・。  「大丈夫だよアリシア、君はそういう人だからね」 ケルトは私を理解してくれている。 気持ちを言葉に出すこともできない私を笑って許して・・・甘やかしてくれる。  「かわりに・・・唇がほしいな」 「わかった・・・それなら・・・」 とても幸福な時間だ。  男なら誰だっていいわけじゃない。 私にはケルトしかいない・・・。  私の一番欲しかったものは、あなたがいなければ手に入らなかった。 この気持ちも一緒に貰ったからあなたでなければダメなんだ。 ◆  「間違いなく届けますね。もしくは・・・宿場まで私が送ってもいいですよ」 行商に手紙を預けた。 内容は「迎えに来てほしい」とだけ・・・。  「いや・・・少しでも長くここにいたいから・・・」 「そうですか。じゃあ次回からは、また十日に一度でよさそうですね」 「それでいいと思う」 一人分の食事が減る。 元に戻るだけだ・・・。  『しっかりと食べてください。今日から毎朝食べる習慣をつけていただきます』 そういえば、私がいなくなったら食べなくなるのかな?  すぐに来れる距離なら毎日作ってあげたい。 ・・・いや、できるんじゃないか?聞いてみよう。   ◆  ケルトは風呂焚き場で燃える炎を見ていた。 よし、さっそく話そう。  「ケルト、一緒にテーゼに来ないか?」 こうすればいい・・・というか来てほしい。  「ふふ、寂しいんだ?」 ケルトはすぐに振り返ってくれた。 なんだかいじわるな顔だ。  「そういうわけじゃ・・・ただ、食事も掃除も洗濯も・・・私がいなくなったら大変だと思って・・・」 「今までそうだったからね。それに・・・僕、あんまり人の多い場所に行きたくないんだ。・・・ここが好きだから」 「私と一緒は・・・嫌なのか?」 「そうじゃないよ、僕の気持ちとは別な理由もあるんだ。・・・だから一緒には行けない」 ケルトは寂しそうに笑った。  「どういうことだ?」 「精霊との契約・・・僕はこの森を出ることができない。ここの風景が好きだから別にいいと思ってたんだけどね」 「契約・・・そういう条件もあったのか・・・」 「うん。だから戦場に出たい君と暮らすのは難しい・・・」 確かめなくても、顔を見れば真実だとわかった。 仕方ないことだったのか・・・離れるのは辛い・・・。  「じゃあ・・・会いに来る・・・」 「嬉しいけど・・・君のやりたいことを優先していいよ」 ケルトは私を抱きしめてくれた。    寂しさが私の体に伝わってくる。 あなたも同じものを感じてくれているんだろうな・・・。 ◆  便りを出してから二日が過ぎた。  「お姉ちゃーん、迎えに来たよー」 テッドさんの馬車が到着した。 ああ・・・今日で離れるのか。  「見送るよ。でも、出る前に・・・」 「ん・・・」 ケルトが口づけをくれた。 もう少しだけ・・・。 ◆  二人で外に出た。 変に見られたりしないように振る舞わなければ・・・。  「しっかりと送り届けてくださいね」 「行商から話を聞いたが・・・本当に普通の男だな」 ケルトとテッドさんが話し始めた。  「え・・・あの人なんて言ってたんですか?」 「普通の人間・・・そのまんまだよ」 普通なのかな?私にとっては特別だが・・・。  「こんにちは!」 「ふふ、こんにちは」 「セイラ・ローズウッドです!」 「かわいい名前だね。僕はケルト・ホープだよ」 ケルトはセイラの頭を撫でてあげた。 私も欲しい・・・。  「アリシア、荷物を積んでくれ」 「あ・・・はい」 自分で呼んだけど・・・二、三日あとにしてもよかったな。 ◆  「ケルト・・・ありがとう」 馬車に乗り込み、お礼を伝えた。  別れの言葉は絶対口にしない。 ここでの生活が消えてしまう気がしたから・・・。  「ケルト!!必ずまた来る!!!」 私は走り出した馬車から顔を出し、手を振るケルトへ大声で伝えた。  「うん、待ってるよ!!」 「約束だ!!」 あなたの姿が見えなくなるまでこうしていよう。  必ず・・・必ずまた来るよケルト。 ◆  「壊れない武器は手に入ったのか?」 「ええ、世界一の剣です」 帰りはとても心が軽かった。  馬車に揺られながら、できあがった私の剣を見ているだけで時間が過ぎていく。  寂しくないのは、これを持っているとあなたを感じるからだ・・・。  「お姉ちゃん、なんか恋してるみたい」 「そ、そんなことないさ」 「あの男と仲良くなってたみたいだしな」 「た、たしかに仲良くはなりましたが・・・」 セイラたちのからかいはあまり気にならない。 この剣を持っている限り、ケルトはそばにいるのだ。    「まあ、男と女がひと月も一緒に住んでたんだ。どうにかなってるかもしれないとは思ってたよ」 「あ・・・わかった。恋人だ!」 「そ、そういうんじゃ・・・」 まったく気にならない・・・。 ◆  日が暮れて、馬車が停まった。  「その剣試してみたのか?」 テッドさんが火を起こしながら聞いてきた。 そういえば・・・なにもしていない。  「まだですね・・・」 「壊れないかどうかはまだわからないわけか」 「私はケルトを信用しています」 「じゃあ・・・あれとか」 テッドさんは近くにあった岩を指さした。 ・・・やってみるか。 ◆  「すごーい!!」 気合を込めて剣を振ると、岩を斬ることができた。  「・・・」 テッドさんも目を丸くしている。  「・・・刃こぼれは?」 「えっと・・・ありません」 刃は美しいままだ。 ああ・・・体が熱くなってきた。  「お前とその剣は相手にしたくないな」 「お世辞はいりません。テッドさんの底、まだ私には見えない」 「ふーん・・・事実だから教えてやるが、小娘のお前にはまだまだ遠いぞ」 きっとそうなんだろう。 いつか・・・自信が付いたら挑んでみようか。 ◆  テーゼに帰ってきた。 なんだか色んな香りがして、知らない街に来たって感じがする。 「雷神の隠し子」の噂も、私がいない間に薄れてくれてたらいいな。  「またうちを使ってね」 「ああ、必ずそうするよ」 「仕事が入ってる時もある。すぐに出るってのができない時もあるからな?」 「早めに伝えるようにします。ありがとうございました」 馬車は孤児院の前で停まった。 みんな元気でやってただろうか・・・。   ◆  「ただいま」 洗濯物を干しているルルを見つけた。 他の子たちはアカデミーに行ってるみたいだ。  「え・・・アリシア!やっと帰ってきた。ひと月以上もなんて聞いてないよ!」 「えっと・・・ごめん」 ルルはもっと早く帰ってくるものと思っていたらしい。 でも、目的のものは手に入った。  「せめて手紙くらいよこしなさいよ」 「ま、まあ落ち着いてくれ。・・・これが探していた剣だ」 私は腰の剣を外した。 お説教なんかよりも、早くこっちを見てほしい。  「なに誤魔化してんのよ」 「と、とっても綺麗なんだ」 「もう・・・たしかに綺麗ね」 ルルは怒った顔をやめてくれた。 この剣にはそういう力もあるのかな?  「ねえ、これいくらかかったの?」 「え・・・」 「お金よ。とっても高価なものに見える。飾りには宝石も付いてるし」 「お金・・・」 ・・・払ってない、忘れていた。  「あんたまさか・・・」 ルルは呆れた顔で私を見ている。 どうしよう、戻るわけにもいかないし・・・。  「ん・・・アリシア、これはどういうことかしら?」 ルルは鍔の裏を指さした。  『愛するアリシアへ』 そこには、鼓動が高鳴るような言葉が彫られていた。 刃しか見ていなかったから気付かなかったが、ケルトが入れたのは間違いない。  「説明してもらわないといけないわねー」 「違う、それはケルトがやったんだ」 「・・・ケルト?だからそれを説明しなさいって言ってるのよ」 ・・・参ったな。どう話せばいいのか・・・。 ◆  「ふーん、つまりアリシアもケルトさんのことが好きなのね?」 ルルにケルトのことを話した。 もちろん出逢いから・・・。  「えっと・・・うん」 「ふっふっふ・・・アリシアからこんな話を聞けるとは思わなかった。アカデミーとか街の男の子は恐がって近付いてこなかったからね。それにあなたのやりたいことをやらせてくれるなんていい人そう」 「ああ、ケルトはいい人だった」 「歳上か・・・。素敵だね」 正直に話したが、ルルはケルトとのことを喜んでくれた。 まあ・・・夜のことなんかは言えないが・・・。  「じゃあ、この剣はケルトさんからの贈り物ってことね?」 「わからない、私の喜ぶ顔が見たいと言っていた」 「代金がそれってことよ、わかった?」 本当にいいのだろうか・・・。  あなたの命を貰ったのに、私は何もしてやれていないな。 よし、また会いに行くときに色々考えてみよう。 ◆  「本当に作ってくれたのか・・・。たしかに・・・ケルトの装飾だ」 ユーゴさんにもお礼を言いに来た。 でも・・・ずっとテーブルに置いた剣を見ている・・・。  「わかるんですね」 「ああ、いい腕だ・・・ん?愛する・・・アリシアへ・・・」 忘れてた・・・。  「・・・そうなったのか?」 「ええ、まあ・・・」 「なに赤くなってんだよ。・・・役に立ててよかった。まあ、またなんかあったら来いよ」 「はい、ありがとうございました」 そうは言われても、もう特に用は無さそうだ。  でもなにかお礼がしたいな。 そうだ・・・全部王の奢りだけど、今度ルルを連れてきてあげよう。  「そういや、あいつ俺の手紙読んでなんか言ってたか?」 「えーと、嬉しいと・・・」 「・・・そう」 他にも言ってた気がするけど、よく憶えていない。  「あの・・・会いに行けばいいのではないですか?」 「別にいいよ。元気でやってんならそれでいい」 「そうですか・・・」 今までも居場所を知っていて行かなかったんだから、私にはわからない色々な感情があるんだろう。 ケルトが森を出れるなら連れてきてあげたかったな・・・。 ◆    「おお、戻ったか」 「はい、馬車の件ではありがとうございました」 次の日に訓練場へ行くとウォルターさんに捕まった。 というより、早く会いたかった。  「で・・・その剣か?」 「はい、聖戦の剣アリ・・・聖戦の剣といいます」 全部は恥ずかしくて言えない・・・。  「見せてくれよ」 「あんまり誰かに触らせたくは・・・」 「少しくらいいいだろ」 「すぐ返してくださいね・・・」 この人には恩がある。 だから少しだけ・・・。  「え・・・おい!」 「どうしました?」 「なんだこれ・・・」 ウォルターさんは剣を支えきれずに膝を付いた。  『この剣は特別なんだ。君以外には使えない、打ち込んだ僕の思いが拒むようになる』 あ・・・あれか。 魂の魔法・・・ちゃんとかかっているみたいだ。  「おい、どうなってる?」 「その剣は私しか使えないと聞きました。特別な魔法がこもっているんです」 「へー・・・」 なんだか幸福だ。 ケルトは私だけの・・・。  「まあ仕方ねーな。じゃあ試してみようぜ・・・鍛錬を怠ってないかも確認しないとな」 「はい、ぜひ!」 体温が上がってきた。 ウォルターさんなら存分に振るえる。 ◆    間合いを取って向かい合った。 さて、まずは・・・。  「へえ、構えに隙が無くなったな。テッドさんに習ったか?」 「はい」 突きの極意を試してみようと思った。  「いいですか?」 「来いよ」 槍と剣では間合いに差がある・・・が、私には考えがあった。  「動くな!!!」 私は叫び、距離を詰めた。 これも鍛えたんだ。  「ぐ・・・」 思った通り、ウォルターさんは間合いを詰められても動けていない。 私は余裕を持って喉元に剣を当てた。  「アリシア・・・反則だ」 「戦いにそんなものはありませんよ」 すごい力だ。  誰だって圧倒できそうな・・・いや、ダメだ。 驕りは捨てろ。絶対に油断はしない。 ◆    「アリシアー!戻ってきたのねー!!」 ジーナさんが私の叫びを聞いて駆け付けてきた。 あんまり会いたくなかったな・・・。 ◆  「なるほど、精霊とどこかで契約してる可能性があるわけか」 三人で座り込み、わかっていることを教えた。  「はい、ケルト・・・この剣を打った人がそうなんじゃないかと」 「魔法とも違うよね。そんな精霊いるのかな?」 まったく身に覚えがないということは、やはり赤ん坊の頃なのだろうか?  たしか孤児院を出る時に、セス院長がわかっている限りを教えてくれるって話だったな。  「まあ、これ以上は考えてもわかんないね。それよりさ・・・次の戦場でアリシアは遊撃隊になりそうよ。べモンドに頼みこんだからね。絶対にあたしの隊」 「わかりました」 私は前線ならどこでもいい。 鍛錬を積み、次の戦場に備えよう。 ◆  戻ってからひと月が過ぎた。  「はあ・・・」 なんだか最近体の調子がおかしい。 私はどうしてしまったのだろう・・・。  嗅覚が強くなったような・・・今までより匂いに敏感になっている。 たまに吐き気もあって集中できない。 ・・・まさか病気なのか?  「アリシア、近頃食欲が無いみたいだけどなにかあったの?」 ルルが気付かれてしまった。 誰にも見せないようにしていたのに・・・。  「ルル・・・わからないんだ。でも体は動くから心配いらないよ」 「セス院長に相談した?」 「・・・心配はかけられない」 それに報奨金もある。 なにかあれば自分で治療を受けに行けばいい。  「あのね・・・あなたの様子がおかしいのは院長も気付いてる。たぶん言えないだろうからってあたしが頼まれたの」 「そうか・・・」 知られていたのか。 もうアカデミーも終わっている私に気を配ることは無いのに・・・。  「今日は訓練場じゃなくて、私とお医者さんに行ってみましょ」 「・・・わかった」 面倒だと思って避けていたが、今日行くしかないんだな。 ◆  「命を授かっていますね」 医者は、笑顔で私とルルに告げた。
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