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第十五話 栄光の剣【ケルト】
「どうだいハリス、お客さんは気に入るかな?」
「拝見させていただきます」
唯一の友人が、出来上がった剣を丁寧に受け取った。
「・・・素晴らしいです。こちらの装飾にはどういった意味が?」
「・・・夏風と一等星」
「なるほど、美しいわけです」
本当はアリシアなんだけどね。
彼女に似合う装飾はいくらでも閃いてくる。
だから最近は作るのが楽しくてしょうがない。
でもそろそろ辛い。
・・・会いたいな。
◆
最近溜め息が増えていた。
それは友人の前でも勝手に出てしまう。
「はあ・・・」
理由は自分でもわかってるけど・・・。
「ふふ、疲労の溜め息ではありませんね」
「まあ・・・ね」
友は勘がいい、よくわかっている。
ていうか・・・知ってるんだと思う。
『ケルト!!必ずまた来る!!!』
あれから一年以上経つけど彼女は来ない。
だから寂しくて溜め息が出ちゃうんだろう。
「ハリス、テーゼはよく行くんだっけ?」
「・・・たまにですね。花の月に行ったのが最後です」
唯一の友達であるハリスは、大陸中を回る商人のような男だ。
僕はここから離れられないから、他の土地のことをよく話してくれる。
「ねえ・・・テーゼでなにか楽しい話はあった?」
「楽しくはありませんが、興味深い話は聞きました」
「どんな?」
「戦場に出ている若い娘がいます。たしか・・・雷神の隠し子と言われていましたね。ふふ・・・」
アリシアだ・・・。僕の剣を使ってくれているんだな。
生きてはいる。でもここに来ないってことは、そっちがいいのか、別な男に惹かれたのか・・・そんな感じなのかな。
ああ・・・アリシアが誰かの腕の中にいるって考えると苦しい。
戦士か・・・僕よりもずっと男らしくて、腕っぷしも強いだろうから奪い返すなんて無理だ。
・・・この想像はよくないな。
少しだけ・・・昔を思い出す・・・。
「上の空ですね。どうかされましたか?」
ハリスは僕の様子を察して声をかけてくれた。
たぶん・・・気付いててからかう機会を見ているんだろうな・・・。
「別に・・・」
彼女にとって、僕はもう過去の男なのかもしれない。
あの時、強引にでも引き留めておけばよかった。
「ねえねえ・・・君は戦士を客にはしないの?」
でも気になるから、なんとか言いくるめて様子を見てきてもらおう。
「戦士はできません。関わっても得がありませんので」
「僕はいいのに?」
「この場所が気に入っただけです。そこにあなたも付いてきただけですよ」
「素直じゃないね」
ハリスには探し物がある。それを見つけてくれる可能性のある旅人か、情報を手に入れられそうな人にしか興味はないらしい。
「まあ、ケルト様はとりあえず友人ですね」
「ふふ、とりあえずじゃないでしょ?たまには泊まってってよ」
「・・・私は自分の家が好きなのです」
ハリスは口の端を少しだけ持ち上げた。
照れてるんだろうな。
『人が住んでいるとは思いませんでした。・・・美しいものを作るのですね』
『なに・・・突然入ってきて・・・』
出逢った時からあんまり変わらないんだよね。
『・・・美しい刃ですね』
『気に入ったなら君にあげるよ。これで・・・友達だね』
初対面だったけど、関わってもいいかなって思った。
仕事も取ってきてくれるから助かってるし・・・。
「はあ・・・」
「そのわざとらしい溜め息をやめてください。・・・私に頼らずとも、こちらから手紙を出せばいいでしょう」
ハリスは「面倒」って顔で紅茶を飲んだ。
「あ・・・やっぱり知ってたんだ?」
「・・・住む場所が不明であれば、奪還軍の宿舎にでも送れば届くと思いますよ」
「わかってないな。頼んで来てもらうのは嫌なんだよ」
だから待っている。また一緒に森を歩いたりしたい。
「ていうかいつから知ってたの?」
「アリシア様がいらしていた時からです」
「入ってくればよかったのに」
「私はそこまで野暮な男ではありません。それに、戦士と関わる気もありませんので」
なんだかんだ言ってるけど、僕たちの邪魔をしないように気を遣ってくれたってことか。
「本当はさ・・・戦士を続けてほしくないんだよね」
「最年少で功労者です。とてもいいことだと思いますよ」
「でも魔族・・・命を奪っているでしょ?魂・・・そういうのがくすんでしまうんじゃないかって」
「ふふ・・・」
ハリスは僕の真面目な話を鼻で笑った。
・・・ちょっとムカつく。
「魔族ですか・・・あれをいくら斬ったところで魂がくすむことはありません」
「え・・・どういうこと?」
「そういうものだからとしか言えません」
「知ってるんなら教えてよ」
興味深い話だ。できるなら教えてほしい。
「対価をいただければ教えます。そうですね・・・二億でいかがですか?」
「・・・無理。ていうか、僕は君からしか仕事を貰ってない。絶対払えないってわかってて言ったでしょ?」
「私はすべてを知っているわけではありません。ただ・・・あなたが不安に思っていることは、一切気にかける必要のないことです」
「ふーん・・・わかった」
今のハリスは信用できる。
途中から薄ら笑いをやめたからだ。
「さて・・・世間話はここまでです。早く注文書に目を通してください。今回は一つだけです」
ハリスの鞄から紙きれが出てきた。
依頼の品を引き取りに来ただけじゃなかったか・・・。
◆
「スウェード家・・・」
注文書にあったのは、あんまり好きじゃない名前だった。
なにかされたわけじゃないんだけど、乗らないな・・・。
「ご存じでしたか」
「ルコウってとこの領主・・・関係ない人だったらごめん」
「いえ、ルコウ領主のスウェード家です」
「・・・受けたくない」
「仕事は選ばない・・・たしか豪語していらっしゃいましたね」
たしかに言った。
たまに面倒なのがあると交渉はしているけど、いつも言いくるめられている。
「スウェード家の象徴となるような剣・・・。ごめん、乗らないんだよね・・・。ていうかどうやって仕事取ってきたの?あそこって男子禁制でしょ?」
でも今回は本当にやりたくない。
ルコウには、ここに辿り着く前に寄ったけど好きな土地じゃなかったからだ。
「他のお客様から伺ったのです。多くの鍛冶屋に作らせて、一番いいものを選ぶらしいですよ」
「まあ・・・鍛冶も装飾品も自信はあるけどさ・・・」
「あなたの作品ならば必ず選ばれると感じました。つまり、これは私からの依頼だと思ってください」
ハリスは僕の目を見て微笑んでくれた。
友達からの依頼・・・ちょっと迷うな。
「あんまり有名になろうとは思ってないんだ・・・」
「私はあなたの剣が選ばれれば満足です。名前は告げずに出しましょう」
「・・・いいよ、なら打とう。いつまで?」
「あと一年は猶予がありますね。では・・・失礼いたします」
ハリスは立ち上がり、影の中に沈んだ。
便利な力だ・・・。
彼は人間とは少し違うらしい。
精霊でもないけど、不死だと言っていた。
仲はけっこういいはずなのに、過去のことは絶対に話してくれない。
でも、僕にとっては大切な友達だ。だから別に、過去がどうだろうと関係ないけどね。
「はあ・・・アリシア・・・僕、やっぱり君のこと好きだな・・・」
とりあえず急ぎじゃないし、まだ悲しみに酔っていよう。
初めて美しいって思った女性・・・。
だから命を渡したんだ。
◆
悲しいまま夜が明けた。
「・・・なんだ?」
まだ陽が昇ってから少ししか経っていないけど、馬車の音で目が覚めた。
早くから迷惑だな・・・行商さんか?
「ケルト―ー!!!」
体が勝手に跳び起きた。
恋しかった声、今日まで一度も忘れたことはない。
「あ・・・ど、どうしよう!」
馬車が家の前で停まった。
着替えなきゃ・・・。
◆
「ありがとうございました!」
「大声出すなよ・・・じゃあ、またな」
「またねお姉ちゃん。お父さん、次はどこ?」
「・・・アカデミーがあるだろ。あんまり休むのはよくないんだぞ」
馬車はすぐに遠ざかっていった。
彼女だけを残して・・・。
「ケルト、まだ寝ているのか?」
恋しい声が中に入ってきた。
ああそうだ・・・鍵を作ってあげてたっけ・・・。
「寝室か?すぐに来れなくて悪かった、ずっと会いたかったんだ。早く起きてくれ」
彼女もそうだったみたいだ。
・・・不安になってた自分が情けない。
◆
「あ・・・ケルト」
寝室を出ると、以前よりも背が伸びて、ちょっとだけ大人びた彼女がいた。
「アリシア・・・え・・・」
腕には赤ん坊を抱いている。
君と同じ髪の毛・・・。
「・・・そ、その子は?」
声が震えた。
「ケルトの息子だ。抱いてもらおうと思って連れて来た」
アリシアはとても幸せそうに微笑んだ。
息子・・・僕の?
うまく言葉が出てこない。
「ニルスと名付けた。ケルトが好きだと言っていた物語のお兄ちゃんの名前だ」
「ニルス・・・」
「ほら、父さんに抱いてもらえ」
僕の腕に赤ん坊が乗った。
「どうだニルス?ケルト・・・話しかけてやってほしい」
「僕が・・・」
抱いた瞬間から、不思議な感覚が体の中を駆け巡っていた。
・・・ああわかる。間違いなく僕との繋がりがある子だ。
「はじめまして・・・ニルスくん。僕は・・・君のお父さんらしいね・・・」
「ケルト、どうしたんだ?なぜ泣いている?」
自分でもわからない、そしてしばらくは止まらないと思う。
「仕方ないな・・・」
アリシアは我が子ごと、僕を抱きしめてくれた。
暖かい・・・。
ハリスに言われたことがよくわかる。
たしかに魂がくすむことは無いみたいだ。
◆
「ありがとうアリシア、たぶんとても嬉しかったんだと思う」
涙が落ち着き、アリシアと向かい合って座った。
ニルス君はずっと僕の腕にいる。
「生まれてすぐ旅に連れ出すのは良くないらしい。水の月生まれで、ちょうど一歳になるまで待っていた。それで来るのが遅くなってしまったんだ」
なかなか来なかったのはそういうことか。
そして、一人で産んだってことだよね・・・。
「アリシア、不安じゃなかった?本当は僕が街に行ければ・・・」
「私は大丈夫だ。友達のルルや戦士のみんながニルスを気にかけてくれるから心配はいらない」
それでも父親がそばにいないのはあまりいいことではない気がする。
アリシアがなんて言うかわからないけど、ニルス君の為にはここに来てもらうしかないな。
「アリシア、ここで一緒に暮らさないかい?でなければ、僕はニルス君になにもしてあげられない」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、私はこれからも戦場に出たいんだ。でもニルスのことは任せてくれ、必ず強い子に育てる」
「なら・・・お金だけでも。たくさん仕事を取ってきてもらう」
「充分あるから必要ないさ。この子に不自由はさせない」
予想はしていたけどこうなるか。
わざわざ剣を探しにここまで来る人だ。
ニルス君も大切に思っているけど、戦うことも彼女には必要なんだろう。
なら、僕がこの子にできることはなにかあるかな?
なにが・・・できるだろうか。
「アリシア、ゆっくりしていくんだよね?もっと話したいし、ニルス君とも遊んであげたいんだ」
「ひと月はこっちにいると伝えてきた。私も・・・ケルトと話したかったんだ」
「ニルス君の話が聞きたいな。どんな子なのか知りたい」
ニルス君は僕の腕でずっと眠っていた。
動かないのに、見ているだけで退屈しなそうだ。
「みんなにも言われるが、ニルスはとてもおとなしいんだ。夜泣きもしないで静かに寝ている」
家族らしい会話な気がする。
・・・たしかにまだ声も聞いていないな。
「お腹が空いた時とかは?」
「よっぽどでないと泣かない。だから色々とこっちで気付いてやらなければダメなんだ」
だとすると一人では大変そうだな。
・・・一緒に暮らせないことがとても歯がゆい。
◆
家族で過ごして二日が過ぎた。
「アリシア、ニルス君はお腹が減ったみたいだよ」
息子の気持ちは、顔を見ればなんとなくわかるようになってきた。
「・・・本当だな。じゃあ一緒にお昼を食べよう」
「僕が食べさせたい」
赤ん坊は泣くことで欲求を伝えるっていうけど、ニルス君は表情で伝えるみたいだ。
もっと自分を見てもらいたいってことなのかな?
「アリシアはどんな気持ちかすぐにわかるみたいだね」
「もちろんだ。戦いと同じで変化は見逃さない」
さすがお母さんだ。
成長して無口な子になったとしても、アリシアなら気持ちをわかってあげられそうだな。
◆
ニルス君は食事が済むと眠ってしまった。
ずっと見ててもいいけど、アリシアとも話したい。
「ねえねえ、聖戦の剣見せて」
僕はニルス君をアリシアに抱かせた。
「ああ、とてもいい剣だ」
アリシアは嬉しそうに剣を渡してくれた。
こういうなんでもないやり取りで幸せを感じる・・・。
「ふーん・・・我ながら美しい・・・」
当然だけど刃こぼれは無い、出来上がった時と同じ状態だ。
「ケルト・・・その・・・言葉を刻んでくれてたな・・・」
アリシアが顔を赤くした。
「ああ、気付いてくれたんだね」
「みんなに見られた・・・とても恥ずかしかったんだぞ」
「嬉しかったんだ?」
「・・・うん」
照れるアリシアはとても愛らしいけど・・・。
「見て、剣に興味があるみたいだよ」
ついさっきまで眠っていたニルス君が目を開けていた。
そして、じっと僕の持つ剣を見つめている。
「ニルス・・・剣は大きくなったらだ。すまない、普段は抜き身のものに近付けたりしないんだ」
「たしかにそうだね。ニルス君、まだ早いみたいだよ」
僕はすぐに剣を鞘にしまった。
事故があったら困るし、傷つけたくない。
でもたぶん・・・ニルス君も聖戦の剣を持てるんだろうな。
◆
三人の生活が始まって四日が過ぎた。
外はすっかり夜、いつもはベッドに入ってる頃だけど・・・。
「私が鍛えている二人がいるんだ。スコットとティララといって・・・」
アリシアは、奪還軍のことをニルス君の話と同じくらい楽しそうに話してくれる。
僕にとっての幸福な時間だ。
「次の戦場には死守隊で出るんだ。とても熱心な二人で、私に憧れて戦士になったと言っていた」
「君は綺麗だからね。これからもそういう子は増えると思う」
美しく強い人、僕も誇らしい。
彼女は、その二人を一人前にすることでもっと強くなるんだろうな。
じゃあ、ゆくゆくはこの子も?
なんとなくニルス君を見た。
アリシアの子なら、同じくらい強くなりたいって思うのかな?
「アリシア、ニルス君はどんな大人になると思う?」
こういうことは、一人で考えるよりも話した方がいい。
「世界一強い男だな。私がそうしてやろう」
「あはは、君らしいね。ただ、ニルス君の話も聞いてあげてね」
極端なところはあるけど、周りのみんなもいるなら心配はなさそうだ。
それに世界一か・・・いいな。
「ふふ、ニルス君が眩しそうにしてるからもう寝ようか」
「そうだな。・・・あの、ケルト・・・今夜も・・・」
「そのつもりだったよ、たくさん声が聞きたいんだ。あ・・・でもニルス君が起きないようにね?」
「・・・うん」
アリシアは立ち上がって、後ろから僕を抱いてくれた。
夫としての役目はこうやって果たせるけど、父としてはどうしたらいいかな?
・・・ニルス君を思いながら真剣に考えてみるか。
◆
・・・空が白んできている。
アリシアが果てたあとも、ずっとニルス君のことを考えていた。
一緒に暮らせない僕ができること・・・。
出した答えに迷いは無い。
◆
「今日から工房に入る」
朝食を済ませて、話を切り出した。
もう決めたけど、黙ってはできないからね。
「どうしたんだ?仕事はしばらくないと言っていた」
「うん、仕事じゃないんだ」
この子にも愛を・・・。
「ニルス君にも精霊鉱で剣を作る」
「え・・・」
アリシアは顔を曇らせ、僕の目をまっすぐに見つめてきた。
「そうしたいんだ」
「ダメだ!それはやめてくれ。そんなことをさせに来たんじゃない。ただニルスと過ごしてほしいだけなんだ」
「アリシア、君にもあるように僕にも譲れないものがある。それに君の子なら必ず同じものを欲しがると思うんだ」
「その時は聖戦の剣を渡す!」
無理を言っている。君は死ぬまでそれを手放すことは無いよ。
「僕は父親として何もしてあげられない。だから、せめてこの子にも僕の愛・・・命を渡したい」
たとえ使わなくても、僕を近くに感じてくれるはずだ。
父さん、母さん・・・あなたたちから貰った愛、僕も自分の子に贈ろうと思う。
「・・・わかった。でも約束してくれ、最後の一つは絶対に使わないと」
「あはは、そのつもりだよ」
アリシアは条件付きで許してくれた。
まあそんなことしたら君に会えなくなるし、最初から考えてはいなかったよ。
◆
「ずいぶん気合が入っている・・・魂の魔法か?」
「うん・・・君のにそうしたように、全部こめる・・・」
僕は全身全霊で精霊鉱を打っていた。
なんだろう、聖戦の剣の時よりも思いが強い気がする。あれ以上は無理だと思ったのに・・・。
ふふ、こんなこと彼女には言えないな。
「どんな細工かは考えているのか?」
「なんとなく頭の中にある。星空、風の音、清流を流れる花びら・・・たくさん浮かんでくるんだ」
装飾もアリシアの時より考えてる。
ニルス君、この剣はアリシアのを超えると思う。
だから、僕のかわりに母さんを助けてあげるんだよ・・・。
◆
剣を打ち始めて二日目、まだまだ叩かないといけない。
「・・・話してなかったことがあるんだ」
思いをたくさんこめるために、それを吐き出しながらやろうと思った。
まだ君に教えていないことだ・・・。
「実は・・・私も話したいことがある」
アリシアもそれがあるみたいだ。
「・・・先にいいよ」
「私たちは、夫婦ということでいいのか?」
「うん、僕はそう思ってる」
「じゃあ・・・手続きというのをやろう。私はどちらでもいいが、みんなそうしろと言うんだ」
手続き・・・そうか、なおさら話さないといけなくなったな。
「ごめんね・・・手続きはできないんだ」
「・・・できない?」
「僕は死んだことになってるからね。これが話したかったこと」
「死んだ・・・教えてほしい」
もちろんだよ。だって・・・夫婦だからさ。
「僕は南部のフィラロ領・・・クローチェって村で生まれた。今は・・・もう地図からも消えた山奥の村だ」
「地図から・・・何かあったのか?」
「うん・・・。よく魔物が出てたんだ・・・」
「まさか・・・魔物に?」
僕は首を振った。
「魔物は原因じゃない。辺境だけど、村長が領主に頼みに行った。そしたら王が衛兵を派遣してくれたんだ」
「じゃあなぜ・・・」
「その衛兵たちが・・・ずいぶん好き勝手やっていたんだよ。望んで来たわけじゃなかったのかもしれない。辺境に派遣されたことで苛立ちとかもあったのかな。あとは・・・僕たちの接し方もよくなかったんだと思う」
「・・・」
アリシアはそっと寄り添ってくれた。
だから・・・話せる。
「守ってやってるからって・・・色々と要求してきた。酒や食料・・・夜の相手をさせる女性・・・。どうせ外にはバレないだろうと、日に日に態度は大きくなっていった」
「・・・」
「僕は十歳だった・・・。人間の汚い部分っていうのを全部見せられた気がした・・・。今思い返すと・・・彼らは人間じゃなかったのかもしれない」
これを話したことがあるのはハリスだけ、信頼できる存在にだけ・・・。
「母さんは、父さんと僕の前で辱められたこともあった。男たちは気を失った母さんを殴って笑っていたよ」
「・・・誰も反抗しなかったのか?」
「彼らの要求を断ることは、王への反逆だと脅されていた。それに、戦っても勝てない・・・。呑気に暮らしていた村人たちは従うしかなかったんだ」
僕も・・・そうだった。
「その生活は・・・三ヶ月くらい続いていたんだ。大人も子どもも・・・幼かった僕が見てもわかるくらいに疲弊していた。そんなある晩・・・両親が首を吊ったんだ」
全部話したい・・・。
そうすれば、アリシアともっと心が近付く気がする。
「苦しい話だ・・・。ケルトがいてもそうなるほどだったんだろう・・・」
アリシアは拳を握った。
「怒ってくれてありがとう。でも僕は、父さんと母さんはとても美しい死に方をしたと思っているんだ」
「美しい?」
「あの人たちは、命よりも尊厳を取った。なぶられ・・・辱められ・・・もう自分たちは人間ではないと思うようになったんだと思う・・・。僕に親の顔もできなくなっていただろうしね・・・」
「・・・」
アリシアはニルス君を抱く腕に力を込めた。
・・・君は強いから大丈夫だよ。
「とても美しい魂を持っていたんだと思う。そうなる前・・・なんとか残っていた人間性で、僕に愛していると言ってくれた。その時に流していた涙は、とても綺麗だったんだ・・・」
「ああ、たしかに美しいと思う。私も尊敬しよう」
彼女は本心からそう思ってくれている。
それがとても嬉しい。
「その何日か後にさ・・・テーゼから視察が来るって話が出た。衛兵たちはとても焦ったんだ・・・」
「すべて明るみに出たのか?」
「いや・・・すべて消そうとしたんだ。この村の住人は、全員邪神を崇拝している。自分たちも取り込まれそうで、錯乱して村に火を放ったと・・・。村人全員を集会用の建物に集めて・・・本当にそうしたんだ」
「バカな・・・」
なんだか他人事みたいに思えてくる。
救いがなさ過ぎて、作り話にも思えるから・・・かな。
「待て・・・ならケルトはなぜここにいる?」
「両親は僕を村長に託していた。危なかったけど・・・あの人が逃がしてくれたんだ。・・・少なかったけど、金目のものとかもあるだけ持たせてくれた。そして、運良く衛兵たちにも気付かれなかったって感じかな」
村長は責任を感じていたんだろう。
僕はそう思っていないけどね・・・。
「生き残ったのは・・・ケルトだけか?」
「わからないけど、きっとそうだと思う。この話は、君とたった一人の友人にしか話していないんだ。ただ、何年後かに地図を見たらクローチェの名前は消えていた」
隠さずに話すのっていいな。
もっと、もっと僕を知ってほしい・・・。
「なら・・・その衛兵たちはまだどこかで生きているんじゃないのか?私から王に・・・いや・・・私が探して・・・」
アリシアはとても恐い顔になっていた。
・・・そんなことはしてほしくない。
「いや、誰にも話さないでほしい。僕は・・・それで人間があまり好きじゃなくなった。なるべく関わらずにいたいから、こんなところに住んでいるんだよ」
「だが・・・」
「それに地図から消すくらいだ。知っている人間も消す可能性がある。危ないでしょ?」
「あの王が・・・それをするとは思えない」
僕は今の王を知らないからな・・・。
「先代の王だよ。もう亡くなったらしいね」
「そうだったのか・・・」
特に恨んでもいない。
きっと、どうしようも無かったんだろう。
「友達に調べてもらったんだけど、村の住人は全員山火事で死んだことになってるんだって。もちろん僕も・・・だから、夫婦になる手続きなんかはできないんだ」
税も払ってないけどね。
『登録事務所に忍び込んで、新しいあなたを作ってくることもできますよ』
『いらない。僕のまま生きる』
ハリスからの申し出も断ったっけ。
「それなら私も手続きはいらない。心で繋がっていればいい・・・」
「・・・ありがとう」
「書類も面倒そうだからな・・・」
「あはは・・・」
まあ、そういうのに頓着無さそうだっては思ってた。
「君だから打ち明けた。・・・他の誰にも話さないでほしい。・・・ニルス君にもね」
「わかった・・・約束する」
「うん、ありがとうアリシア。愛しているよ」
僕はアリシアのほっぺをつついた。
「あ・・・わ、私も愛している。・・・どうだ、ちゃんと言えたぞ」
「うん、嬉しいよ。少し・・・休もうか。外に出よう」
「水を汲んでくる」
続きは風に当たりながら話そう。
暗いのはここまでだからね。
◆
外に椅子を出して、並んで座った。
真夏の風は僕たち三人の体を優しく撫でて、東へと吹いている。
「逃げたあとは・・・なんか綺麗なものが見たくてさ。鍛冶と装飾品を作っている人に弟子入りしたんだ。もうかなりのおじいさんだったけど、素晴らしいものを作る人だった。ユーゴさんとはその時に知り合ったんだよ」
「人間があまり好きじゃなくなったと・・・その師匠は平気だったのか?」
「関わる人間は、よく見て選ぶようにしている。芸術家・・・美術家・・・職人・・・そういう人たちは好きかな。みんな美しいものを作るからね」
師匠は僕のことをなにも聞かずに、部屋まで用意してくれたっけ・・・。
うーん・・・あの人には教えてもよかった気がするな。
「私も・・・よく見てくれたのか?」
「うーん・・・君は一目惚れかな」
「・・・」
アリシアは頬を赤く染めた。
いつでもかわいい人だ。
「師匠から、もう教えられることはないって言われてさ。自分の住処を見つけようと思ってこっちまで来てみたんだ。人が来ないところがよくて、少しだけ旅をして探したんだよ。で・・・この森に入った時に精霊と出逢った」
「それで契約をしたのか?」
「うん、工房と・・・あの家も作ってくれたんだ」
「言われてみればそうだな。ケルト一人で建てられる家ではない」
む・・・まあたしかにそうだよね。
「行商さんとは、そのすぐあとに知り合ったんだ。煙が上がってるのを見て来てくれたんだけど、最初は盗賊の隠れ家と思ったって」
「逆に盗賊じゃなくてよかったんじゃないか?」
「危なそうなのは、精霊が遠ざけてくれるって言ってたから大丈夫だよ」
「私は危なくなかったようだな」
でも、本当かどうかはわからない。
契約してからは、一度も姿を見せてくれないんだよね。
「精霊鉱も・・・その時にか?」
「うん・・・僕の命を使って、この世で一番美しく硬い鉱石を作ることができるって。まあ・・・精霊鉱を貰ったのはいいけど、何を作るかはずっと考えていたところだったんだ」
「そこに私が・・・」
そう、君が現れた。
なんだろう・・・運命?そういうものかもしれない。
「君はとても美しい、だから好きになったんだ。この森の草木や川、空、澄んだ空気、風・・・それと同じくらい。もちろんニルス君もそう見える」
「ケルト・・・」
「僕は綺麗なものしか見たくない。だから・・・ここから動けなくてもいいと思って契約したけど・・・今は少し後悔しているよ」
アリシアはテーゼに帰る。
人間の多い場所に行くのは抵抗があるけど、君とニルス君のためなら・・・。今はそう思えるんだ。
だけど・・・ごめんね。
「あとさ、ニルス君の剣が完成したあとだけど、アリシアに色々作ってあげるよ。首飾りとか、髪飾りとか、指輪、腕輪・・・夫婦だし、なにか贈りたい」
「ふふ、なにを言ってるんだ?私はもうこの剣を貰っている。それに・・・着飾るようなものはそんなに興味が無いんだ」
「欲しいって言われると思ってた・・・」
「聖戦の剣が一番嬉しかった。これだけで幸せなんだ」
まさか断られるとは思わなかったな。
たぶん、渡しても付けてくれなさそうだ。
「じゃあ、欲しくなったら言ってね」
「この剣だけでいい」
「そう・・・」
女の子って部分はあんまり無いみたいだ。
反応とかはかわいらしいのに・・・。
◆
「見て・・・アリシア」
息子のための剣が完成した。
精霊鉱、本当に美しい・・・。
でも、ちょっと苦しいな・・・。
「やはり私の剣と似た輝きだな。また名前を付けたのか?」
「もちろん」
よく聞いてくれた。
早く教えたかったんだ。
「名前は・・・栄光の剣ニルス」
「栄光・・・そういう言葉はどこから出てくるんだ?」
「男はこういうのが好きなんだよ。かっこいいんだ。そしてこの子に与えられるように・・・」
「・・・」
ニルス君は、将来持つことになる剣をじっと見つめていた。
わかる・・・嬉しいんだね。
「きっとそうなるさ。私に任せてくれ」
思いは剣にこめたけど、本当は戦いでなくてもいい。
なにか好きなことで栄光を与えられるように願った。
「渡す時期は君が決めていいよ」
「それなら・・・ケルトが渡せばいい」
「いや・・・僕からは渡せない」
剣を打ちながら、もう一つ決めたことがあった。
これも息子のため・・・。
「アリシア、僕はニルス君に会うのは今回を最後にする」
「・・・なにを言っているんだ?毎回連れてくるのに・・・」
「一緒に暮らせないなら父親はいないのと同じだ。たまにしか会えないことで、寂しい思いをさせるかもしれない。・・・君がここに住むなら別だけど」
「・・・」
アリシアは黙ってしまった。
君は戦場から離れることを選べない・・・わかってるよ。
「・・・この子に父は死んだと伝えて、もうここには連れてこないでほしい」
「だが・・・それでは」
「なら、別の提案がある。ニルス君をここに置いていって」
「・・・それはしたくない」
息子と離れることも彼女は選べない。
ならこれが一番いい・・・気がする。
「じゃあ、今回で最後だ。・・・でも君にはたまにでいいから来てほしいな。ニルス君がいるから・・・本当に・・・できればでいいんだけど・・・」
「わかった。ケルトの言う通りにする」
ニルス君の意見も聞きたかったけど、まあこれでいいだろう。
今生の別れかもしれない。でも僕の命を渡した。
だから心は共にある。
「愛する・・・息子へ・・・。きっと届くよケルト」
剣に刻んだ言葉、その気持ちはこれからも変わらないよ。
「頼んだよアリシア」
「あの・・・今日帰るわけじゃないぞ。まだ半月ある」
「ちょっと・・・雰囲気壊さないでよ。ニルス君、お母さんはこういうのわからないみたいだ」
僕はニルス君を抱き上げて目を見つめた。
「愛しているからね・・・」
ニルス君の目にも僕が映っている。
栄光・・・いつか君に与えられるように。
僕はその思いと一緒に息子を抱きしめた。
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