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第三話 思い上がり【アリシア】
初めての戦場から五ヵ月が過ぎ、風の月になった。
アカデミーもこの間終わり、今は朝から晩まで訓練場に通っている。
次はいよいよ前線、もっともっと鍛えなければ・・・。
◆
「おかえりアリシア」
「ただいまルル」
戦士になってから帰りが晩鐘のあとになることが多くなった。
孤児院の夕食が終わる頃だ。
「はい、たくさん食べてね」
「ありがとう」
ルルは毎日私の帰りを待っていてくれて、一緒に食べてくれる。
他の子たちはもう食べ終わって、自分の部屋でお風呂の順番を待っているみたいだ。
「ルル、今日はアリシアに報告があるでしょ?」
今日はセス院長も一緒だ。
嬉しそうな顔だからそういう話なんだろう。
「なんの報告だ?」
「ふっふっふ・・・あたしもお仕事を始めることになったの。中央区の酒場だよ」
「そうか・・・すごいじゃないか。おめでとうルル」
「ありがと。ふふ、かわいいからまずは給仕からって言われたんだ」
ルルは嬉しそうに教えてくれた。
だが働くのは酒場、心配なこともある。
「嫌なことがあったら私に言ってほしい。触られたり、迫られたりだ」
「じゃあ毎日来てよ。戦士の人連れて」
「なるべくそうしよう。じゃあ・・・もう出て行くのか?」
「まだだよ。十五まではここにいる。そのあとはどこかで部屋を借りるんだ」
十五歳、成人したらここを出て行かなくてはならない。
私は・・・戦士の宿舎にお世話になろうかな。
◆
後片付けを終わらせて部屋に戻ってきた。
まだお風呂は空かない・・・。
「アカデミーはなんだかんだ楽しかったよね」
ルルはベッドに寝転んで天井を見ている。
「私は叱られてばかりだったからあんまり楽しくはなかった」
「ほんとに?千人に選ばれた時はみんな応援してくれたじゃん」
たしかにされた。
『アリシアさんは夢を叶えることができました。みんなで拍手と激励を贈りましょう』
突然のことだったから恥ずかしくてよく覚えていない・・・。
でも、あの時は誰もからかってこなかった。
「戦場の次の日は功労者が来たぞーって大騒ぎだったよね」
「違うと言ってもやめてくれなかった・・・」
あれも辛かったな。
「だって十三で戦士になれるなんて普通じゃないもん。うーん・・・あたしもアリシアくらい強かったら戦いに行ってたのかな?」
「ルルにそういうのは似合わない。街で誰かと結婚して、穏やかに暮らす方がいいと思う」
ルルの作った料理は元気が出る。
戦場に行かず誰かのために作るべきだ。
「ねえ、アリシアは恐くないの?死んじゃうかもしれないんだよ」
「そうだな・・・戦えなくなるのは恐い。でも私にはこれしかないから」
昔からそうだった。
戦いは気持ちいいし、自分に向いているんだろう。
「これしかか・・・最初は訓練場で負かされて泣いてたのにね」
「・・・今は違う」
剣は我流で振っていた。
それでも強くなっている実感があって、戦士たちにも通用するだろうと思い上がっていたっけ・・・。
「ふふ、ボロボロ泣きながら帰ってきた時は何事かと思ったわよ」
「だから・・・今は違う」
初めて訓練場へ行った日、私の自信は簡単にへし折られた。
『十二だってよ・・・』『まだアカデミーも終わってねーだろ・・・』『お嬢ちゃん、十五になってから来た方がいいんじゃないかな』
みんな異様な雰囲気だったのを憶えている。
最初は舐められていると思っていた。
『俺が相手してやるよ。どっからでも来い』
その時におもしろがって相手をしてくれたのがウォルターさんだった。
『ウォルター・グリーンだ。一撃でも入れられたら軍団長に推薦してやるよ』
『アリシア・クラインです。・・・その言葉、忘れないでくださいね』
ああ・・・あの時の私は恥ずかしい奴だったな。
『まあ、まだガキだし仕方ねーよ。食堂でも行こうぜ、待機兵より下は有料だけどな』
『まだ・・・できます・・・』
『おい・・・泣くなよ。やる気あんのはわかったからさ』
力量の差を思い知らされて、泣きながら孤児院に帰った。
『泣いてる・・・』『どうしたのお姉ちゃん?』『ボクのおやつあげるから元気出して』
弟や妹たちにも心配かけた。
・・・苦い思い出だ。
でも、次の日も訓練場に行ったらみんなが構ってくれたな。
「あそこの人たちは私を強くしてくれた。もう泣いたりしないさ」
「そうだね。・・・あたしお風呂見てくる。空いてたら一緒に入っちゃお」
ルルは部屋を出て行った。
いつも私のことを気にかけてくれるとてもいい子だ。
明日も朝から訓練場へ行く。
体は・・・さっと洗って早く寝よう。
◆
「おはようございます!」
「ようアリシア、今日も早いな」
訓練場に入るとウォルターさんが槍を振っていた。
「あとひと月もありませんから。あの・・・手合わせを願えますか?」
この人はいつも早く訓練場に来ている。
だから誘いやすい。
そして「突撃隊最強」とも呼ばれている。
指揮を執るのは向かないと隊長の話は断っていると言っていた。
あの日の私が一撃でも入れられるはずがなかったのだ。
◆
「今日は全力でお願いしたいです」
訓練場の中央、私はウォルターさんと向かい合った。
まだ本気でやってくれたことは一度もない。
自分の力量は、前よりもずっと上がっているからそろそろ一撃くらいは・・・。
「全力ね・・・べモンドから止められてんだよ」
「え・・・なぜですか?」
「アリシアは逸材だからまだ手を抜いてやれってさ」
ウォルターさんは槍を取り出した。
そういう事情があったのか・・・。
「まあ、あいつはまだ来ない。・・・ちょっとなら見せてやるよ」
「ありがとうございます」
私は剣を抜いて構えた。
手を抜くのを忘れさせればいい。
「アリシア、一つ忠告だ。俺の攻撃は全部躱した方がいいぜ。止めようなんて思うな、受け流すことも考えない方がいい」
「どういう意味ですか?」
「絶対そうしろっては言わないけど、気になるなら試してみたらいい。・・・やるぞ」
ウォルターさんは武器を構えず私を待っている。
驕りじゃない。あの状態でもこっちが動いてから対応できるんだ。
・・・耐えればいいんだな。
その「昼飯までの暇つぶし」みたいな顔を変えてやる。
「行きます!!」
大地を蹴り、一足で目の前に跳んだ。
剣は足を出すと同時に抜き、今・・・振り終わる。
「おー、速くなってんじゃん」
決まったと思った剣は空を切った。
「速いだけではありません!」
ここで隙を作るわけにはいかない。
私は見えないように左手で逆手に短剣を握っていた。
空振りの勢いを右足で殺し、反発する力を乗せて短剣で・・・突く。
「はあああっ!!!」
「いいねー、やるたびに強くなってる」
「く・・・」
私の短剣はいつの間にか弾かれていた。
「よーし見せてやる。・・・避けろよ?」
ウォルターさんが槍を構えた。
躱すか・・・いや耐えてみせる。
「・・・あっそ、なら遠慮しないぜ」
ウォルターさんの槍に刃は付いていない。だから死にはしないだろう。
「来い!!」
私は全力で防御に入った。
ウォルターさんの全身が捻じれ、突きが向かってくる・・・。
◆
「う・・・あ・・・ああ」
私の体は訓練場の壁に叩きつけられた。
・・・痛い・・・苦しい・・・一撃で・・・。
「な?受けるなって言ったろ。立て・・・ないか」
声が出ない、呼吸が・・・できない・・・。
意識が体から遠のく・・・死ぬのか・・・。
「あれ・・・やばい?」
目の前が暗くなっていく・・・。
◆
「うわああああ!!!」
気が付いた瞬間に叫んでいた。
「・・・静かにしてくれ。休んでるやつもいる」
「あ、ああ・・・ウォルターさん、私は・・・」
急いで周りを確認した。
ここは・・・医務室兼仮眠室。・・・運んでくれたのか。
「どうだ?痛むところはあるか?」
そうだ、吹き飛ばされて壁に打ち付けられて・・・どこも痛くない。
「・・・大丈夫です」
「治癒隊の奴らを呼んで五人がかりでやった。・・・死んでなくて助かったぜ。べモンドがいたら俺は殺されてたな・・・お前の孤児院の院長にも」
「私は・・・まだ実力が足らないようです・・・」
気持ちが弱っていた。
「次の戦場は・・・辞退し・・・もっと力を付けてから・・・志願しようと思います・・・」
前線がここまで過酷とは思わなかった。
・・・また私は思い上がっていたみたいだ。自分が許せなくて涙が出てくる。
「・・・なに泣いてんだよ」
「すみません・・・」
また人前で泣くなんて・・・。
もっともっと強くならなければ。
「おい、ウォルターがアリシアを泣かせたぞ。奥さんに報告してやんないとな」「最低ですね。またいじめたんですか?」「いや・・・尻とか触られたんじゃねーのか」
寝転がっていた戦士たちがからかいに来た。
放っておいてほしい・・・。
「なんだお前ら集まってきやがって、散れ!」
「アリシア、そんな気にすんなよ」
「そうそう、あなたは強いんだから」
みんなは私を慰めてくれているのか。
励まし方は不器用だが、気持ちは伝わってくる。私が気落ちしないように、笑い話にしてくれているんだ。
「アリシア、前線は辞退しなくていい。それくらいの実力はある。今笑ってるこいつらよりは強いんだぜ?」
ウォルターさんも慰めをくれた。
「・・・そんなことは無いと思います。ウォルターさんの一撃・・・たった一撃で私はやられました。戦場であれば死んでいた・・・」
この程度では役立たずだろう。
もっと修行をしなければいけない。
「いや、あれだけ言ったのにまさか本当に受けるとは思わなかった。俺が教えたかったのはそれだ」
「・・・どれですか?」
「自分で言うのもなんだけど、あの一撃は俺が受けてもただじゃすまない。お前は相手の攻撃を受けるか躱すか、その見極めを覚えた方がいいってこと」
見極め・・・考えたことも無かった。
「敵の力量を計る力だ。お前は速さも力もあるけど、冷静に相手を分析するってのは誰も教えてなかったみたいだな」
「技術は・・・たくさん教わりました」
「すぐ覚えるから教えんの楽しかったんだろうな。まあ・・・俺もだけど」
私も楽しかった。
「でもこういうのって少し考えればわかるだろ?お前の倍くらいデカい俺の攻撃を受けたらどうなるかってな」
「ああ・・・まあ・・・」
その通りかもしれない。いや・・・好奇心もあった。
あの攻撃を受けたらどうなるか。
そして、受けても耐えられるだろうと軽く考えていただけ・・・。
冷静に考えると戦場では危険な考え方だな。
「とりあえず鍛えておくのはした方がいいけど、今のお前でも前線で通用する」
「・・・本当ですか?」
「ああ、自信は無くすな。今日からは見極めと躱し方のコツを教えてやる。攻めることしか考えていないみたいだからな。今よりもっと・・・とびきり強くしてやるよ」
この人は私の攻撃を容易く躱して弾いた。
つまり、冷静に見極めができているんだろう。
私はまだまだ弱い。
ちょっと力を付けたからといって、調子に乗ってはいけないんだ。
これに気付けた今から変わろう。そして、教えてもらえるなら必ず自分のものにしよう。
もっと・・・もっと強くなるんだ。
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