三十四

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三十四

 冬、署内が一連の騒動からようやく落ち着きを取り戻し、ショウがたまたま夜勤明けで署内に残っていた時だった。受付案内係の女性から、ショウのデスクに内線が入った。 「タザキ巡査、今、受付にミウラさんという男の方がお見えになってます」  ショウは首を傾げた。 「はい、わかりました。すぐに行きます」  「ミウラ」という男性に心当たりがなく、思い出しながら一階のロビーに降りて行った。するとソファに五十代後半の男性が座っているのが見えた。ショウが近づくと立ち上がり、軽く頭を下げた。 「ミウラユキナの父です」  ショウもその顔を見てハッとなり、頭を下げた。一度も会ったことはなかったが、どことなくユキナを思わせるものがある。 「ユキナさんの、お父さん?」 「ショウ君のことは、娘から聞いている。仕事中で申し訳ないが、ちょっといいかな?」  二人は二階の食堂へと移動した。ショウが自動販売機で紙コップに入ったコーヒーを二つ買った。 「ブラックでよかったですか?」 「ええ、お気遣いなく。ところでケガの方はどう?」  ショウが左足を軽く触った。 「おかげ様で、もう、この通りです。ご心配おかけしました」  ユキナの父は何か言いた気ではあるが、ショウの胸の辺りをジッと見つめている。 「お父さん、私に何か話したくて、わざわざいらっしゃったんでしょう?」  それでも、ユキナの父は黙ってショウを見つめていた。 「警察署の中にこうして入るのは初めてです。緊張しますね。自分が何か悪いことをしたわけでもないのに、どこか気持ちが萎縮してしまう。ショウ君は、もう警察官という仕事に慣れたのかな? ユキナはまだ君が警察官だということに慣れていないみたいだが」  ショウがユキナの父を見つめた。 「ユキナさんが? そう、お父さんに言ったのですか?」 「警察官という仕事は、確かに立派な仕事だと思うよ。私ら平凡なサラリーマンからしたら、命をかけて犯罪に向き合う仕事なんて想像もつかないことだと思う。だけどね」  ショウがコーヒーの入った紙コップを置いた。 「お父さん、何が言いたいのでしょうか?」  すると、ユキナの父が頷いた。 「やはり、警察官という仕事は危険と隣り合わせだ。それは、君が拳銃で足を撃たれて負傷したことからもわかる。私は娘の父として、そんな危険な仕事を持つ君との交際を認めるわけには行かない」  ショウの目を強く見つめ返した。 「ユキナは確かに子供の頃からおてんばで、粗雑で、元気だけが取り柄のような娘ですが、私ら夫婦にとっては、大切な大切な娘なんですよ。その娘が、心配や不安に毎日を過ごす姿を見ていられない。現に君が警察官になってから、ユキナは君のことばかり心配して毎日を生きている。そんな娘の姿を見ているのが辛いんですよ。身勝手な言い分だということはわかっています。だからこうして君に会いに来た」  ユキナの父が深く頭を下げた。ショウは目を瞑った。以前から心配していたことではあるが、それはユキナ本人と自分との問題だとばかり思っていた。ショウと違って、ユキナには心配してくれる父と母と弟がいる。それにショウは刑事になるための試験を来年受けるつもりでいた。刑事になれば、今より更に危険と隣り合わせとなり、生活も不規則になることは目に見えている。 「お父さん、わかりました。ですが、私にも少し考える時間をください」  ショウが頭を下げると、ユキナの父は済まなそうに目を瞑った。ユキナの父を署の出入り口まで見送った後、しばらくロビーのソファに腰掛けたまま、立ち上がることができなかった。ユキナとの様々な思い出が甦ってくる。急に激しい脱力感に襲われ、疲労を覚えた。ユキナには何をどう話せばよいのだろう。この選択を迫られ、ユキナとの生活を選び、警察を辞めれば済むことなのだろうか? またはユキナと別れ、刑事になり、両親の復讐を遂げることができれば、魂は救われるのだろうか? 今のショウには、どうしてよいのかわからなかった。ロビーの脇を慌ただしく警察官が駆け抜けて行く。パトカーのサイレンが聞こえる。  東京、秋葉原の街に、冬が訪れようとしていた。                             (了) ※最後までお読みいただき、誠に有難うございました。  第三章「幻月」に続きます。土曜日の21時頃アップ予定です。
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