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欲望をなくした人間は、死んだも同然だ。ここでの「欲望」は三大欲求の類でなく、ああなりたい、こうなりたい、そうでありたい……のような、願いに近いものを指す。
それを実現できなければただの願いのまま、肉体とともに滅んでゆく運命にあるし、そもそもそういう願いを抱くこともないまま呼吸しているだけでは、それはもはや生物学的な死と変わらないのではないだろうか。誰にも、何にも寄りかからず、期待せず、心を砕いて愛すことも素直に愛されることもできず、独りぼっちで歩き続けることなど、ただの人間にできるものか。
少なくともわたしには無理だ、とずっと思っていた。いくら一匹狼を気取ろうが、ひそひそ話が聞こえれば自分の噂話をしてるんじゃないかと不安になったし、嫌われるのなんか大したことじゃないと嘯きつつも自分を殺して他人に合わせた。たとえどれだけ他人に優しくできても、自分が窮地に立たされたとき、それがそのまま返ってくるわけではないとわかってはいても、息をするためにはそうすることが最善だと言い聞かせた。
そして、わたしはある程度のことを一人でそつなくこなせたから、周囲からすれば「あの人は自分でどうにかできるから」「あの人は相手が誰でも助けてくれるから」という認識になってゆくのは自然な流れだった。
そうじゃないんだ。本当に人と人が助け合いながら生きてゆくのが美徳ならば、なんでわたしばかりがいつも誰かを助けているのだろう。どれだけ相手の顔色を窺って、当たり障りのない言葉を並べても、わたしが困っていたときに同じように接してくれる人は誰もいなかったのに。
自分の中でも、とっくの昔に答えは出ていた。わたしが一人ひとりを区別して認識していても、周囲からみたわたしは、何もない原っぱで伸び放題になった雑草の中の一本でしかないのだ。
それを認めたくなかった。
……なんて、比較的耳ざわりのいい言葉で表すのもいい加減にあほくさくなってきた。
わたしはただ、卑しくて自己矛盾に満ちた自分を直視したくなかったのだ。誰よりも愛されたいのに、見返りのないことはしたくない。こんなやつ、誰の記憶にも残るはずがない。その事実をあらためて思い知らされたくなかった。知った瞬間、わたしは何に対しても希望を持てず、ただ呼吸しているだけの「死」を迎えることになってしまうと思って、怖くて仕方がなかった。わたしは本当はひどく寂しがりで、自分の前を通り過ぎていく大勢の一人にも嫌われたくなくて、忘れられてゆくのが怖かったのだ。薄々わかっていたくせにいつまでもそれを認めることができなくて、貴重な青い時間をうまくポケットにおさめられないまま、なんとなく生きてきた。
それでも、この無数の心臓がリズムを刻んでいる球体の中で、たった一人でも。
その気持ちわかるよ、って言ってくれる存在がいるのなら。
さわさわと風が頬をなでていった。草の青くさいにおいが鼻につく。
こんな尻の青いことを考えられているうちは、まだ元気だよな。
そのことだけは、逃げずに認めることができた。
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