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「結構イケる」と至福の表情でアイスをご賞味あそばされる茶倉の対面に陣取り、真っ当な疑問を呈す。
「うちに帰りてえだけなら見逃してやってもよかったんじゃ……」
エレベーター内で襲ってきた男を思い出す。妻がどうの、卒園がどうのと言っていた。同情を誘われて独りごちる俺を、茶倉がばっさり切り捨てる。
「無理。通過できひん」
「結界?」
茶倉が背凭れに腕を回し、磨き抜かれた革靴の裏で絨毯を叩く。
「俺がおる44階にザコは寄り付けん。みんなここ来る前にトンズラ」
「今日は例外?」
「疑似餌に食い付いたわ」
「人をゴキブリホイホイの粘着シートみたいにいうな」
「ぬかせ雑霊ホイホイ」
申し分なく長い足を組んで見下す茶倉。悔しいが言い返せない。
「四十九日を境に消えてくれたら手間省けたんやけど」
「霊界の執行猶予期間か」
「今回は時間切れ。最近じゃ防犯カメラにもノイズが映り込むようになってきたし、はよ手ェ打たなあかんかった」
「せめて一言いっとけ、マジでびびった」
「言うたら階段使うやろ」
「霊と相乗りはお断り。しかも密室」
「ヘタレが」
「俺は俺の体質だけで手一杯なんだよ」
まあ、歩きで44階を目指したらコイツんちに至る前に行き倒れるかもしれないが。
「そもそも可哀想やからってグロい姿でうちに帰してみィ、奥さんとガキが卒倒すんで」
茶倉が最後の一口をたいらげ、空き容器をゴミ箱にシュートする。「よっしゃキマり」と無邪気に喜ぶ顔は中学生のガキっぽい。ソファー前のテーブルには、コイツが表紙を飾った雑誌が干されていた。
「言われた通りコンビニにあった分買い占めてきたぞ」
「よお撮れてるやろ?カリスマヘアスタイリストとカリスマメイキャップアーティストにお願いしたんや」
チャクラ王子が得意満面でソファーにふんぞり返る。
「カメラ目線がしゃらくせえ」
合計10ページもある、巻頭インタビューをぱらぱらめくって呟く。
「一人称『僕』の時点でキャラ変わってね?」
「謙虚さをアピールしてみた。殊勝な物腰で読者の好感度ゲット」
「打算のかたまりかよ。関西弁は」
「ルックスにあわへんやろ」
「第一印象新宿のホストが難波のホストに変わるだけだぞ」
「アホぬかせ、立てばジャニーズ座ればMC歩く姿は韓流アイドルてのは俺んこっちゃ」
「エビデンスって何」
「ソースのこっちゃ」
「エビフライの」
「そっちのソースちゃうわ」
「日本語でいいじゃん」
「横文字並べた方が雰囲気でるやろ。霊能者かてイメージ商売や、大衆ウケ大事にせな」
「お前の場合はスピリチュアルかぶれの人妻にウケたいだけだろ。ていうかインドで半年修行って」
「嘘ちゃうしガンジス川で沐浴したし。牛と2ショット見る?めっちゃ臭かった」
「インド人の彼女作って写メ送り付けてきたじゃん、ラクシュミーよりマブいって」
サリーを纏った現地女性の画像を突き付ければ、茶倉が匙を上下に振ってとぼける。
「知っとる?カレーとラーメンは日本食なんやで、本場とは全然別の進化を辿っとんのや。俺は福神漬けと合わせて食べる日本のカレーが好きや」
「日本封切前の『バーフバリ』目当てで飛んだんじゃないのか」
「インド映画はインドの映画館で見るのが礼儀やろ、やっぱ」
「tyakuraスピリチュアルセラピー」の代表である茶倉練は詐欺師だ。十年来の腐れ縁の俺、烏丸理一が断言する。
「そもそも名前がうさんくせえ、何してる会社かちっともわからん。瞑想?ヨガ教室?宇宙の呼吸でも教えてんの」
「茶倉霊とか相談所にすればええんか」
「パクリもやめろ」
「拝み屋とかまじない師とかそーゆーのださいやん、今はスーパーにナチュラルにスピリチュアル押し出した方が映えるんじゃ」
「拝み屋の孫が言うなよ……」
「ぶーたらほざいてへんで、とっととコーヒー淹れてこい」
茶倉は出会った頃から変わってない。高校生の頃から俺様全開で傲岸不遜だった。しかしコイツの二面性を知る者は少ない。外面が完璧なのも詐欺師の特性か?
とはいえ全部が全部でたらめでもでまかせでもない。茶倉は由緒正しい拝み屋の血を受け継ぐ本物の霊能者であり、除霊(物理)で霊を祓える男だ。必殺技は数珠サックによる右ストレート。本人曰く数珠の質や値段によって威力が変わるらしいが、本当かどうかわからない。
「その前に……」
限界がきた。茶倉の袖を引っ張り、息を荒げて縋り付く。
「すまんすまん、忘れとった」
絶対わざとに違いない軽い調子で謝り、意地悪く口角を上げ、腕を背中に回す。
「ひゃうっ!?」
シャツの裾をめくり、人さし指でくすぐるように背筋をなであげる。
「寝ろ」
耳まで赤くして頷き、靴を脱いでソファーに仰向けになる。茶倉が舌なめずりで背広を脱ぎ、背凭れにかける。
「いざ除霊開始や」
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