ただひと夏の打上花火

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 二人でひとけの少なそうな場所を探した。どこもかしこも賑わっているとはいえ、屋台が並んだ通りを外れると混雑もだいぶ和らいだ。  整備された道を逸れ、土を踏みしめながら、大きな木の脇へ歩いていった。ちょうど良い広さがあり、家族連れやカップルと思しき人のシルエットがまばらに見えた。  シオリは手にしたわたあめの袋を外し、中身にかぶりつく。本当に手芸用の綿とそっくりだが、口の中の唾液とまじわった途端すっと溶けていった。甘い。 「うーん。おいしい」  あれほど体積のあったあめが一瞬にしてなくなってしまう。この魔法のような、何ともいえない不可思議な食感が好きで、小さい頃は親にせがんだものだ。  目を細めて見つめるミサキに気づき、顔を上げた。 「私だけ食べてるの、なんだか悪いような」  彼女はさらにニッと歯を見せて笑った。 「いいよいいよ、気にしないで。私はこうしてシオリに会えたってだけでも嬉しいんだから。ほんと、天にも昇る気持ちだよ」  その場で両手を高く広げる。暮れかけた空に手を伸ばす彼女は得意げに目を見開いた。 「全く、調子がいいんだから……」  ふふ、と笑うと息がわたあめを揺らした。 「天にも昇るといえばミサキってよく『空飛べるようになりたい』って言ってたよね」  ミサキの将来の夢は確か「パイロットになりたい」だった気がする。初めのうちは「空を飛びたい」と言っていた。 「それってつまり、パイロットになりたいってことかな?」 「うん、たぶんそれ!」  担任の先生が尋ねるとミサキは明るく返事した。  ただ後々調べてみると、実際にパイロットになるには学力や資格などのハードルがかなり高く、競争の激しい選抜試験や豊富な人生経験に加え、大勢の人の命を背負うメンタルの強さが必要であるとわかった。 「人の命を背負うとか私にはムリ。せいぜい家族か、シオリの命くらい?」  そんな風におどけてみせた。彼女は早々に諦めたらしい。 「もう、また小さい時の話?」  目の前のミサキがはにかんだ。  すぐ傍をカップルが通り過ぎた。腕を組み、女性のほうが体を相手に傾けている。遠くでは別の男女が手を繋いでいた。互いに顔を見合わせるとすぐさまバネのように背け合った。こちらは付き合い始めだろうか。  ミサキに目を戻すと、案の定キラキラした目で彼らを見ていた。 「シオリはさ、恋愛の方はうまくいってるの? ほら、片想いしてる男子いたじゃん。須藤(スドウ)マモルだっけ」  シオリの話題になる。須藤マモルとはシオリとミサキの高校時代のクラスメイトだ。彼の顔が浮かび、頬が熱くなった。 「うん。……あれから色々あって、マモルくんと付き合うことになったんだ」 「付き合うって……」  言葉を反芻した彼女は目をしばたたかせた。しばらく首をかしげたのち、ピーンと音がしそうな勢いで突如真っすぐに戻した。 「へー! そうなんだ! よかったじゃん!」  ミサキの目がいっそう輝いた。突然の報せに、驚きと喜びが一度に来たらしい。だがすぐ顎に手を当て「待てよ?」と訝しんだ。 「シオリはお人よしだから心配だなあ……。ま、須藤なら悪い男じゃないか」  片眉を上げ、口をへの字に曲げる。彼女の歪んだ顔が面白くて、つい頬が緩んでしまう。 「ミサキはほんとお母さんみたいだよね」 「いやいや、シオリみたいな人を前にしたらみんなそうなるって」  残像しか見えないほど首と手を勢いよく振る。  ミサキには心配かけっぱなしだ。時々せっかちで、肝心な時によそ見をすることもある彼女だが、シオリが窮地に陥った時には先を見据えて冷静に、しかし明るく励ましてくれる。  彼女と出会えて良かった。 「いやー、それにしても、ほんとびっくりしたよ。なかなかやるう。ね、色々って、何があったのよ?」  こちらがしみじみとしているのを知ってか知らずか、ずいと顔を近づけてくる。
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