3人が本棚に入れています
本棚に追加
二人でひとけの少なそうな場所を探した。どこもかしこも賑わっているとはいえ、屋台が並んだ通りを外れると混雑もだいぶ和らいだ。
整備された道を逸れ、土を踏みしめながら、大きな木の脇へ歩いていった。ちょうど良い広さがあり、家族連れやカップルと思しき人のシルエットがまばらに見えた。
シオリは手にしたわたあめの袋を外し、中身にかぶりつく。本当に手芸用の綿とそっくりだが、口の中の唾液とまじわった途端すっと溶けていった。甘い。
「うーん。おいしい」
あれほど体積のあったあめが一瞬にしてなくなってしまう。この魔法のような、何ともいえない不可思議な食感が好きで、小さい頃は親にせがんだものだ。
目を細めて見つめるミサキに気づき、顔を上げた。
「私だけ食べてるの、なんだか悪いような」
彼女はさらにニッと歯を見せて笑った。
「いいよいいよ、気にしないで。私はこうしてシオリに会えたってだけでも嬉しいんだから。ほんと、天にも昇る気持ちだよ」
その場で両手を高く広げる。暮れかけた空に手を伸ばす彼女は得意げに目を見開いた。
「全く、調子がいいんだから……」
ふふ、と笑うと息がわたあめを揺らした。
「天にも昇るといえばミサキってよく『空飛べるようになりたい』って言ってたよね」
ミサキの将来の夢は確か「パイロットになりたい」だった気がする。初めのうちは「空を飛びたい」と言っていた。
「それってつまり、パイロットになりたいってことかな?」
「うん、たぶんそれ!」
担任の先生が尋ねるとミサキは明るく返事した。
ただ後々調べてみると、実際にパイロットになるには学力や資格などのハードルがかなり高く、競争の激しい選抜試験や豊富な人生経験に加え、大勢の人の命を背負うメンタルの強さが必要であるとわかった。
「人の命を背負うとか私にはムリ。せいぜい家族か、シオリの命くらい?」
そんな風におどけてみせた。彼女は早々に諦めたらしい。
「もう、また小さい時の話?」
目の前のミサキがはにかんだ。
すぐ傍をカップルが通り過ぎた。腕を組み、女性のほうが体を相手に傾けている。遠くでは別の男女が手を繋いでいた。互いに顔を見合わせるとすぐさまバネのように背け合った。こちらは付き合い始めだろうか。
ミサキに目を戻すと、案の定キラキラした目で彼らを見ていた。
「シオリはさ、恋愛の方はうまくいってるの? ほら、片想いしてる男子いたじゃん。須藤マモルだっけ」
シオリの話題になる。須藤マモルとはシオリとミサキの高校時代のクラスメイトだ。彼の顔が浮かび、頬が熱くなった。
「うん。……あれから色々あって、マモルくんと付き合うことになったんだ」
「付き合うって……」
言葉を反芻した彼女は目をしばたたかせた。しばらく首をかしげたのち、ピーンと音がしそうな勢いで突如真っすぐに戻した。
「へー! そうなんだ! よかったじゃん!」
ミサキの目がいっそう輝いた。突然の報せに、驚きと喜びが一度に来たらしい。だがすぐ顎に手を当て「待てよ?」と訝しんだ。
「シオリはお人よしだから心配だなあ……。ま、須藤なら悪い男じゃないか」
片眉を上げ、口をへの字に曲げる。彼女の歪んだ顔が面白くて、つい頬が緩んでしまう。
「ミサキはほんとお母さんみたいだよね」
「いやいや、シオリみたいな人を前にしたらみんなそうなるって」
残像しか見えないほど首と手を勢いよく振る。
ミサキには心配かけっぱなしだ。時々せっかちで、肝心な時によそ見をすることもある彼女だが、シオリが窮地に陥った時には先を見据えて冷静に、しかし明るく励ましてくれる。
彼女と出会えて良かった。
「いやー、それにしても、ほんとびっくりしたよ。なかなかやるう。ね、色々って、何があったのよ?」
こちらがしみじみとしているのを知ってか知らずか、ずいと顔を近づけてくる。
最初のコメントを投稿しよう!