ただひと夏の打上花火

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 彼と付き合い始めたきっかけ。それはシオリにかつてないほど大きな異変が起きた時だった。 「彼ね、私が入院した時に真っ先に駆けつけてくれたんだ。まあ、さすがに家族を除いては、だけど。距離が縮まったのはそこからかな」  血相を変えて病室に入ってきた彼を思い出す。夢の中にいるようなぼんやりとした記憶だった。ただ家族も彼も、周りに集まった誰もがシオリを不安そうに見ていたことは覚えている。  シオリに彼氏ができたのはそんな衝撃的な出来事があったからだ。そのうえあの入院以来大きな病気になることもなくなったし、自分はつくづく運がいい、とシオリは頷いた。  それよりミサキの方が、目立ったきっかけがなくとも意のままに異性と交際しそうだった。 「私は、ミサキが一人っていう方に驚きだよ。ミサキって私と違って社交的だし」  そう言うと彼女はいやいやと首を振った。 「社交的だからこそ、一人に定まらないっていうか。ここまで仲いいのシオリくらいだし」  彼女は得意げに胸を張る。 「え? そうなの? それは嬉しいかも」  頬を緩ませると、相手はそれを待っていたかのように小さく拍手をした。 「はい、『嬉しい』頂きました! あとはシオリが彼氏くんと別れてくれたら……なーんてね。ウソウソ」  表情がくるくる変わるミサキは見ていて飽きない。 「でも、ミサキとこうして会ってるのって、なんだか恋人同士みたいだよね」  ぽつりと零すと相手の目がみるみる大きくなった。まばたきを繰り返した後「かあ~っ」と盛大に嘆く。 「シオリはどうしてそう無自覚に可愛いこと言うかなあ。須藤もそういうとこに惹かれたんだろうなあ。あいつのことが羨ましいぜ……」  両手で顔を覆う。そんなしぐさも変わらないな、とシオリは安堵した。  そういえば、とミサキが向き直る。 「シオリは彼氏とお祭りには行ったの?」  そう訊かれ、数日前のことがよみがえる。  ここまで大きな規模ではないが、彼と焼きそばやチョコバナナを食べ歩いた。目尻に皺を寄せて笑う彼。シオリも思いきり頬張った。一方で、指先どうしがほんの少し触れ合っただけで体が熱くなった。そんな胸の高鳴りも含め、ずっと一緒にいたいと思える相手だった。 「マモルくんも私も人混み苦手なのにお祭りは好きだから、結局二人してはしゃいじゃった。なんか彼の前だと素の自分でいられるというか。ミサキとか家族以外の前でいい子ぶらないでいられることがあんまりなかったから」  シオリも大概だがマモルも控えめな性格だ。そんな彼が口を開けて笑う姿を、その時初めて見た。 「そっか。シオリが楽しいならそれが何よりだよね」  ミサキは満面の笑みを浮かべた。 「ありがとう。でもたまにミサキに会いたくなるんだよね。マモルくんには何も不満はないけど、寂しくなるというか、心折れそうになる時が来るというか……」  目を伏せると「ほ~ら」と声をかけられる。 「そう思ってくれるのは嬉しいけどね。泣きたい時は彼氏にもっと甘えなよ? めったに会えない私を気にしてばっかだと、彼氏くんが嫉妬しちゃうかもよ~?」  彼女は「恨めしや」と言いたげに両手を顔の前にだらりと下げた。こんな時でも、いやこんな時だからこそ励ましてくれる彼女の存在に、鼻の奥がつんと痛んだ。 「そうだね……ミサキと住んでるとこがもっと近かったらなあ」 「いや~、ほんとにそう思うよ……でもそればっかりはちょっと難しいねえ」 「だよね……」  運がいいとはいえ、どうにもならないこともあるのだ。シオリはぎゅっと目を閉じた。 「まあまあ。そう落ち込まないでって。今のシオリは彼氏に甘えられるし、何なら家族でも知り合いでもガンガン頼れるでしょ? 私は、環境が色々と変わっちゃって、他人を頼れなくなっちゃったし。できることといったら、こうしてシオリを陰ながら応援することくらい? それに比べて、シオリは色々できるんだから、心折ってる場合じゃないっしょ!」  ミサキは腕をまげ、筋肉をアピールするポーズをとった。  本当に彼女が頼もしい。先を見て行動する彼女が。それゆえに、あの時もそうであってほしかったのに、と少しだけ悔しさがよみがえる。  ミサキが不安そうに覗き込んだ。 「あのね、ほんとにつらかったり苦しかったりしたら、誰でもいいから頼りな? ほんと、自分を大事にね?」 「……うん、わかった。大丈夫」  これ以上彼女を心配させてはいけない。ミサキと目を合わせると口角を上げた。  その時。
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