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「藤田君がお友達を連れてくるなんて、初めてだね」
常連しか来ないような言い方は悪いが、寂れた喫茶店のマスターが藤田に嬉々としていう。
「よく見てくださいよ、あの二人、水と油ですよ」
カイゼル髭が様になっているマスターは、テーブル下で行われている陣取り合戦のような足の踏み合いを見ていも微笑みを崩さない。
「似たもん同士はどうしてもぶつかるもんだよ。あれくらい可愛いもんじゃないのかい?」
(竜ヶ崎さんに限っては恋人への束縛激しいんだけどな……)
愛想笑いでマスターの話を聞いていると、奥のテーブルに座る近村が「コーヒーひとつもらえるかな。竜ヶ崎には水でいいからさ」と爽やかにいう。
「えっと……竜ヶ崎さんはどうします?」
三浦から喧嘩をするなと釘を刺された竜ヶ崎は、そそくさと食堂を後にしようとしたが、同じ学部である近村は竜ヶ崎の予定がガラ空きであることを知っている。
「この後、藤田のバイト先にお邪魔しちゃおうよ」と竜ヶ崎に持ちかけたのだ。
無論、断れば脚色して三浦へと告げ口するだろう。近村は意外と意地悪らしい。
以前から寂れた喫茶店でマスターと二人で働いていることだけは伝えていたが、実際にくることは無かった。藤田のオアシスでもある場所なので、近村が気を遣って来ることはしなかったのだろう。
「藤田、俺にコーヒーで、コイツがお冷だ」
困るオーダーだが藤田は間を開けずに承った。
「マスター」
「ああ、いいよ。どうせ私一人でも回せる客しか来ないし」
「ありがとうございます」
そつなくコーヒーを淹れて、それからお冷も用意する。
「お待たせしました」
「キリマンジャロの豆を使ったコーヒーと、お冷です」とコーヒーを竜ヶ崎の前に置いた。
「え、僕がお冷?」
「はい。で、僕も仕事中ですが、マスターからコーヒーをもらったので飲みます」
悲壮感を漂わせる近村を見て、クスリと笑わせてもらった後に「嘘です。僕はあくまで休憩扱いなので、お冷ですよ」と近村の前に置いたお冷と二つ目のコーヒーを交換する。
それを見た竜ヶ崎は、喉からくつくつと笑い、「お前も藤田の前じゃ形無しじゃねぇか」と満足気だ。
「ちょっとショックだけど、これは僕の方が信頼されていることの証でもあるんだから。嬉しい限りだよ」
「だそうだ、藤田」
「えっ、僕に振るんですか」
「当然のように近村の隣に座っといて何言ってんだよ。当たり前だろ」
ぎし、と体が固まった。
たしかに、竜ヶ崎に恋人がいるとはいえ、他にも座る場所は作ることができたはずだった。言い方は悪いが、寂れた喫茶店に、混み合うほどの客は来ない。
「……お誕生日席を作ると、そこはもう上座になるので……」
「おいおい、それは苦しすぎだろ。上座にならない工夫はできる」
「たとえば、俺か近村の側に椅子を持って来るだけでも随分と違ってくるんじゃねぇの?」と竜ヶ崎の矛先が藤田に向かう。
「た、しかにそうですね……」
呼吸をするように近村の隣に座った自分が信じられない。
しかし、竜ヶ崎は一気にカップのコーヒーを飲み干し、近村を睨め付けた。「俺は帰る」。
呆気に取られている間に、一万円を置いて退店した。「残りは藤田が貰っとけよ」と言い残して。
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