——【学生編】いつメンとTA——

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 理想の先輩といえば、藤田たち四人は速攻で近村を挙げるだろう。  そのくらい、彼が引き寄せた縁に、藤田たちはあやかっている。とくに、藤田はこの当たり前のメンツ以外の関わりを忘れるくらいだ。  集も近村の登場で他の同級生との談笑が途切れてしまう。 「近村先輩じゃないですか! 今年三年ですよね。教職でも実習があるけど大変じゃないです?」  田中の背もたれから腰を上げ、近村へ歩み寄る集。 「僕は要領いいから大丈夫。集は……厳しそうだな?」と兄貴のように頭をガシガシと撫でる。 「たった半年前に集が書類説明を聞きそびれてあたふたしていたのを忘れたとは言わせないぞ」  藤田も覚えている。  近村はそれを直接は助けず、集の周辺に座っていた藤田や田中、社に声をかけてテンパる集に説明を求めていた。  集が黒歴史を掘り返されたような反応を見せている最中、藤田は再び回想に耽る。  近村は確かにテンパる集に声をかけて、手を差し伸べた。だが、「僕も分からないから」と真っ先に、藤田に声をかけたのだ。  それに藤田は善意で分からないと言っていた箇所全てと、それから現在進行形で進む手続き方法についても軽くメモを取った紙を見せようとした。  だが、近村は一箇所だけ聞いてすぐさま集の周辺に座る田中や社も巻き込み、一箇所ずつ聞いていった。  その当時は、一箇所ずつ聞いて効率が悪い程度にしか思っていなかったが、近村を含め説明会なのにそれから終始楽しい空気がそこには流れていた。ああでもない、こうでもない、とさらに他人を巻き込み影響力を伸ばして、ひとつのムーブメントのようだった。  そして、今思えば、それは近村の優しさだったのだと思わざるを得ない。  ——教職課程カリキュラムの説明会で、二年前に近村自身も経験しているはずなのだ、分からないはずがないのだから。  近村に感謝こそすれど、怪訝に思う必要はない。ないのだけれど。 「それにしても、四人全員同じゼミにしたんだな」  にか、と笑う近村と、それに追随するかのように笑い返す社と集。完全に懐いている。  田中は集の機嫌が良い原因が他人にある時、無口タイプを口実に仏頂面を作り出す。田中は表情が読みにくいと社から揶揄されることもあるが、全くそんなことはない。  一番好き嫌いがハッキリしていると藤田は勝手に思っている。  嫌ってこそいないが、集の態度次第では敵になり得る存在だろう。対して藤田は、近村に何となく近寄り難かった。  何の含みのない笑いを向ける近村が今は亡き父親と被る。  優しさだけを寄せ集めたような人間だった父親。そんな父親と近村が重なるのだ。 (顔つきは似ても似つかないしどっちかと言えばタイプなんだけど、どうしても父さんと重なるから苦手だ)  田中と思惑は違えど、近村に苦手意識を持っていることだけは共通だろう。  一番懐いている集に視線を寄せる田中を横目に、藤田は静かに気配を消した。 「藤田は別のゼミに行くと思ってたな」  近村がこちらに視線を寄越す。 「だって、このゼミって主に発表がメインだからさ」 「えっ?!」  思わず素っ頓狂な声を上げる藤田。 「他の先生は発表がないところあるんだよ。知らなかった?」  藤田は咄嗟に集を見た。一番に提案をしたのが集で、それを二言返事で賛成する田中がいて、社がいて藤田がいたからだ。まさか、面倒くさくて苦手な授業進行をするゼミをとっていたとは夢にも思わなかった。 「やっぱり、藤田は苦手そうだと思った!」  「このゼミを選んでしまったからには仕方ない。僕も一緒に資料作り手伝うからさ」と近村が藤田の苦手とする優しさと笑みでこちらを見てくる。 「……ありがとうございます。でも、実習とかもあって大変でしょう? 俺は社たちがいますから」 「そう? ならいいんだけど」  体よく断られただけだと気付いているのだろうか。近村は単純に心配をしていたように、少しの安堵感さえ滲ませている。 (胸焼けがしそうだ)
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