——【学生編】いつメンとTA——

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「ちょっと待って!!」  近村が走って追いかけてきた。「じゃあさ、連絡先交換しない?」。  冷涼感すら感じる爽やかな笑みに藤田は鼻で笑い、近村の申し出を一蹴する。「あの、一応の警戒はしておくに越したことはないと思いますよ。近村先輩まで要らぬ噂を立てられます」。 「あれ? 社に言ってたよね? 対象外だって。アレ、あの場にいた全員に言ってたんじゃないの?」  崩さないポーカーフェイスで近村が「まぁ、皆がいる場で言い振らしていいネタではないから、皆がびっくりしちゃっただけだと思うし安心して! だから、連絡先交換しようか!」とスマホを取り出して軽く振る。  こちらもスマホを取り出すよう促されている気がしてならない。  だが、ここまで何もかも見透かされている状況で、これ以上の抵抗は愚策に思える。  一息吐いて、(おもむろ)にリュックからスマホを取り出す。「だからって、よく分かんないですが」。 「まあまあいいじゃん! 教職課程カリキュラム説明会で、初めて藤田を見かけた時からなんか気になっててさ。絶対友達にならなきゃって感じちゃって……多少強引だったことは謝るね」 「大いに謝って下さい」 「はい……ごめんなさい」 「へ?!」  スマホを振りながら連絡先交換をしている最中に、近村が素直に頭を垂れた。 「困らせるつもりはなかったんだよ。明らかに僕のことが苦手ですってオーラで伝えてきてるのに、わざわざ僕から声をかけてさ」  「田中は僕を少し敵対視しているみたいだけど、その誤解はいずれ解けることだしいいんだ。でも、君だけはどうしても誤解の解きようがなくって」と近村が寂寥感を募らせた眼でこちらを見てくる。 (ここも筒抜けか)  藤田は白旗を上げるしかないと悟る他なかった。  思わず乾いた笑いが口元から溢れる。 「俺の負けです。——俺の方こそ、すみません」  「俺の勝手な事情で、近村先輩に苦手意識を持ってました」と吐き出すと、藤田が大学に入学してから半年程抱えていた(しこり)が雲散霧消になっていくようだった。 「だから、近村先輩自体に嫌いになる理由はないんです。それほど話してないし」 「だよね。よかった! これからはガンガン話しかけるから、そのつもりで!」 「え、それは嫌です」 「何で?!」  藤田の言葉で一喜一憂する近村が可笑しくて、つい一笑してしまった。「先輩がちょっとだけアホなお陰で、少し体調良くなってきました」。 「……そう感じるのは、藤田が相当お人好しな証拠だね」  近村は性急に顔を近づけ、「僕、言ったよ? 初めから気になってて強引に友達になろうって迫ってたって」と雄の顔をする。近村の切れ長な目は本来、相手を射落とす時に本領を発揮するのだろう。近村の男の部分に魅せられてしまう。 「だから、僕を対象外にして接するのはやめて欲しいな——なんて」  今度こそ、初めて見る強かな笑みを見せた近村は、その顔をすぐに引っ込めて「コレ、捨てとくね」と藤田が握るほとんど完飲した缶コーヒーを持って立ち去った。  そして、藤田は思い出す。  近村自体はタイプであったと。ただ、苦手意識を自他共に認めてしまえば、残ったのは今まで奥底に眠っていた雄を欲しがる本能のみだった。  缶コーヒーは先程取られてしまったので、藤田は堪らず生唾を飲み込む。  それでも口の渇きは直らない。  程なくして通知音が鳴る。早速近村がラインを寄越してきた。「ねぇ、さっきのすごくキマってなかった?! 僕の中では結構満点に近いんだけど!」。 「台無しだ。この人、人と恋愛したことあるのか?」  スマホ画面を見て、藤田は先刻までの高揚感がいとも簡単に冷めた。 (……俺がないんだった)  藤田はさらに、氷点下の外気に曝されるかの如く、気分を下げた。 「……ふぅ、今日一日だけでドッと疲れた」  これに尽きた。
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