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——類友——
近村がゼミのTAになってから一ヶ月が経過した頃。少しずつ残暑が遠のく季節に差し掛かったある日に、近村からのお呼び出しラインがあった。
「ごめん、今日の昼は別の食堂で食べるわ」
二限目が終わり、昼食のため食堂へ向かう道中だった。
社たちに断りを入れ、返ってくる質問には軽く無視していつもとは違う食堂へ向かう。
近村が既に藤田の席を確保しているらしく、ほぼ強制的に近村との昼食参加が決定されたわけだが、本気で拒めるものでもなく足取り軽く近村の元へ歩いていく。
途中で道が分からなくなり、構内をスマホで確認しながら進みようやく見つけた食堂は、まさに上級生のみが知る穴場的食堂だった。立地が悪く、一見しただけではただの会議室にしか思われない場所で、当たり前のように看板は提げない佇まい。店側が来店する学生を選んでいるとしか思えない。
藤田はおずおずと食堂を示すものがないドアを押し入った。
「あ、来た来た! 藤田こっちこっち」
スマートな近村が頬杖を突きながら手招きする。
「……席を確保するまでもないじゃないですか」
「これじゃ、断っても申し訳なくなんか全然——」と藤田が憎まれ口を叩いた時だった。
「あれ? もしかして、噂の藤田蒼君じゃない?」
「ゆづ。 噂ってなんだ」
「えっ、知らないの? 俺のスマホいつも見てるんじゃなかったっけ?」
二人の凸凹コンビが近村の元へ近寄ってくる。異様に目つきの悪いカッコイイ眼鏡男と、それと正反対の愛嬌のあるサラ黒髪の男。癖っ毛まである眼鏡男は、藤田を一瞥する。
「コイツ、誰」
(……印象悪)
「この子、多分近村の噂の子だよ! 藤田蒼君。近々連れてくるって言ってたじゃん」
「ゆづ」と呼ばれていた男の方が状況を把握しているらしい。この場における良心かもしれない。その先輩のおかげで、初対面から失礼極まりない男への苛立ちを抑えて二人に「どうも」と会釈ができた。
「勝手にドッキングさせてごめんね。一番藤田を見たがっていたのは実はそこの無駄にデカイ木偶の棒なんだよ」
「近村……俺よりお前の方がよっぽどねちっこいんじゃねぇの」
「そりゃ、三浦を人間健康学部に取られた上に、藤田を侮辱するようなことを言うから」
少しだけ心拍数を上げる藤田。近村の切長な目が初めて真価を発揮するかの如く、寄ってくる眼鏡男に威嚇の眼差しを向ける。
(なるほど……この印象悪い人の隣にいる小さ——華奢な人が俺と似てるって言う三浦先輩か)
「はいはい! そこまでにしてもらえる? シロ以外は次も授業あるんだから、黙って席着いて」
手を叩いて簡単に二人を宥めた後、リュックからタッパを重箱風に積み上げていく。
「蒼君だよね? 早速で悪いんだけど、他人の手作りとかってイケる口?」
「え、あ、まぁ」
「あー自己紹介まだだったね。俺、人間健康学部三年の三浦弓月。そんでそこの仏頂面眼鏡が同じ三年の竜ヶ崎獅郎」
「竜ヶ崎……?」
三浦の紹介に思わず竜ヶ崎の名を反芻する。
「あれ? もしかして名前だけは知ってる感じ?」と三浦がさして驚きもせず手際よく積み上げたタッパを開いていく。
「あ、思い出しました。あの竜ヶ崎さんだったんですね。偏差値なんてあってないようなところからK大・A大を一年で合格圏内にしたって噂の」
K大は一応有名私立大であり、近くにあるさらにもうワンランク上のA大とは、提携校として様々なプロジェクトが学生間で行われている。
ポカンと口を開けた三浦だったが、次第に緩む口元に笑みが滲み出す。
「S高校の後輩君だったか!」
「ええ、まぁ。共学になってから一気に学校の偏差値が上がっていたので、先生たちが先輩たちの男子校時代のアホエピソードを自慢気に話していましたよ」
竜ヶ崎の事は教師が自身の武勇伝の如く語っていたので、よく覚えている。
ビリギャルならぬビリヤンキーだった、と。
「ちょっと話についていけてないかも。藤田もS校出身だったの?」
「はい。と言っても、竜ヶ崎さんたちの世代と俺の世代とでは全く別物ですよ」
「近村に言ってなかったっけ? 俺らが二年の時に男子校から共学に変わってさ。そこから編入学してきた菊池さんがものすごい手腕を見せて、S校のイメージ払拭してクリーンで人気の普通校に変貌したんだよね」
「じゃあ、今も昔も菊池は凄かった、てことじゃん」
「まぁ……」
三浦が急に歯切れ悪く言葉を濁す。三浦の視線の先には苦虫を噛み潰したように押し黙る竜ヶ崎。彼らにどのような過去があったかは分からないが、少なくとも近村と藤田はそれを根掘り葉掘り聞くことはなかった。
「えっと、そういえば噂の藤田蒼君って近村と同じゼミなんだよね」と下手くそな繋ぎで話の腰を折った三浦。
それに答えるのは近村。一瞬の緊張感を生み出していた男から想像もつかないほど笑顔で飲み込んでいる。
「そうそう! 可愛い感じとか似てない?」
「……はぁ?」
「はい、シロはガン飛ばさなーい」
「だって、コイツ性懲りも無く」
「凝ってない凝ってない」
三浦の稲荷寿司を竜ヶ崎の口に突っ込んで、強制的に黙らせる。すると、すぐに「んまい」と堪能し出す竜ヶ崎とそれを見て満足気な顔をする三浦。
「ゴメンゴメン、シロはこれで黙らせとく」
(狼手懐けてる……)
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