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「まぁ、残りは全部食べて良いって言ってたし、手作りが大丈夫なら藤田も食べよ」
「は、はい。ではお言葉に甘え——ていうか、席離れても良いですか」
未だ腰に回される手に困惑する藤田に、近村はさらに強引に引き寄せるでもなくすんなりと手を引いた。
向かいに座り遠慮しながら稲荷寿司に手を伸ばす。
(椎茸の香り強くてうまっ)
「ゴメンね。竜ヶ崎の奴、僕が三浦のことを少しでも気があると感じてしまったみたいで」
そして、近村は藤田ではなくその奥を何となく見つめいった。「僕は人のモノを取る趣味だけは持ち合わせてないのに」。
「……。これ、めちゃくちゃ美味いですよ」
「やっぱり藤田はお利口さんだねぇ。三浦とは大違いだ」
「自分から言い始めたくせに、聞いて欲しくないって顔しといて何言ってんですか」
「だからお利口さんじゃん。徹底して空気読みすんじゃん」
「うちの三浦はねぇ、ああ見えて一年生の時は竜ヶ崎に構ってもらえなくて拗ねてたんだよ。さっきは塾講師やってた時は竜ヶ崎も協調性が、なんて言ってたけどそん時に三浦は僕のところで憂さ晴らししてたんだ。多数のマダムを僕に当てがってさ、それを遠巻きにマダムと嘲笑って……」近村の表情に血の気が引き、想像しただけでもうんざりしてしまったらしい。
「そ、それは……確かに近村先輩はマダムが好きそうな感じしてますけど」
「まぁ、それは自負してるんだけどさ」
(自負してんのかよ)
「でもさ、何よりそのマダムたちに散々囲まれてベタベタされてたのに、結局マダムと一緒になってやいやい言ってた三浦がマダムから色々セール品貰ってんの理不尽じゃない?!」
藤田と視線を合わせた近村が賛同を求めるように眉尻を下げる。
「なんだかんだちゃっかりしてんだよねぇ。僕の誘いから料理男子になり、学部変更して調理の道に進むきっかけにはなったみたいだけどさぁ……僕はただの料理好きで止まってるから先越されちゃった」と稲荷寿司を指差す。
「本当は僕もね、手料理くらい藤田に振る舞いたかったんだよ? 一番に。でも、本職みたいな人が当たり前に和食を出してくるんだもん。こっちは太刀打ちできないよねぇ」
指差した稲荷寿司を掴んでひょいぱくと口に運ぶ近村。「敵いっこないよねぇ。たかが稲荷なのに、されど稲荷だもん」。
「俺も思いました。シンプルなものなのにすげぇ美味い」
「う……塩塗り込んでくるタイプ?」
近村があまりに傷付いた顔をするので、たまらず藤田は笑ってしまった。わざとでした、なんて口が裂けても言ってやらないが、近村の端々から伝わる好意が心地良かった。
それが、たとえ可愛い後輩としてのポジションだとしても。
ゲイだろうが、オカマだろうが、変人だろうが、彼はきっと認めてくれる。そう思わせてくれるのだ。
「藤田は……その。あれだよね。笑うと幼くなるよね。可愛い。あれ、てことは、もしかして寝顔もあどけないんじゃ」
「あー、竜ヶ崎先輩の方がカッコ良くてキマってたなー」
「三浦に軽く嫉妬してたのに、今度は竜ヶ崎方面からも?!」
「そんなご無体な!」と胸が抉られたように胸部を掌で押さえつける近村。しかし、ほとんどダメージを負っている風には見えないので、藤田は構わず残りの稲荷寿司を割り箸で豪快に食べた。
別のタッパにも他のおかずが詰め込まれていて、流石に食べきれないので近村にもタッパ付近に置かれていた割り箸を渡した。
すると、即座ににんまりとした表情で受け取るのだから、藤田の感じていたノーダメージ説は立証された——のかもしれない。
二人で平らげてしまった空のタッパは、後日近村が返してくれるらしく、使った割り箸も一緒にタッパにまとめてくれた。
「この間から思ってましたけど、先輩なのに率先して片付けてくれるんですね」
「っ、まぁ後輩だからすることでもないしね!」
珍しく、歯切れの悪い近村を見た。
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