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午後一発目のゼミへ近村と向かう。この間まで二人で話すことすら避けていたのに、今では軽口を叩けるほどに打ち解けられていることに驚く藤田。
近村から社たちとは違った安定感が藤田に居心地の良さを感じさせる。相手が先輩で年上だからか、それとも近村の人間性だからか。
「結局片付けまでしてもらってありがとうございました」
何が美味しいのか、そして何がおすすめなのかも分からないまま退店したこの食堂に、藤田はひっそりと好感を持った。人気の少なさが大人数でいる教室や構内の緊張から、暫時の休息を与えてくれたのだ。
「いやいや、ちょいと場をピリつかせたお詫びもあるからホント気にしないで」
「初対面の先輩がピリついてんの普通に怖かったでしょ」と藤田の頭をくしゃくしゃに撫でる。
「いやぁ、そこらへんはあんまり記憶なくって、どっちかって言うと竜ヶ崎先輩の去り際のカッコ良さがマジで印象深いっていうか」
「……よし!」
人を選ぶ食堂から出てすぐの壁に藤田を追いやり、通りの死角に隠される。
「単刀直入に言うと、僕は君のことが気になってます」藤田の心臓に人差し指をとん、と突いて近村はいった。
「なので、竜ヶ崎の去り際の話は今後禁句と致します。良いですね」
(うわ。この目……)
いつもは切れ長の目の魅力を引き出せていない優しい目ばかりだった近村が、射落とすような目を向け、二面性とも感じる瞳の力に惹き込まれる。
思わず生唾を飲み込んでしまいそうなほど、近村の力強い瞳に魅入られていると、「返事は?」と催促が飛んでくる。
「——はい」
「よろしい。次からはわざとでもダメだからね?」
「っ分かりましたから! ……近いです」
「そりゃ、気になる子が目の前にいるんですから、アクション起こして反応があることはいいことです」
したり顔の敬語口調にやたらと心拍数と体温を上昇させ、とにかく距離を取ろうと下を向いてこの場を離れようとする。すると、「ただでさえ小さいんだから、胸だけでも張っておいた方がいいよ」としたり顔のままの近村が顔を上げる藤田を待ち構えている。
「ちょ、マジで俺もう、キャパオーバーですって……」
先ほどの近村にとって辛辣な、竜ヶ崎カッコイイ発言の報復じみた攻戦に出る近村に、白旗を上げる藤田。
(さっきはすんなり離れてくれたのに。顔熱いって)
確認せずとも感じる頬の火照りを隠そうと、また下を向く藤田。
「ちぇ、張り合いないのー」
「っ、覚えてます? 俺、一応男が好きなんですよ。そんなんされちゃ困るんです」
「困るんだ。あんまり聞こうとは思わなかったけど、本命いるの」
声のトーンが下がった気がして、藤田は即座に顔を上げた。だが、既に仮面を装着した近村が愛想笑いを繰り出していた。これも初めて見る表情だ。
(ここは普通に考えて、「いない」と言う方が無難だけど。でも、いないと言った後の質問攻めも嫌だしなぁ。ここは、濁しとくが吉かも)
「そりゃ……」
「そっか!」
そう言う近村は困ったように笑った。「前途多難だなぁ」。
「何でもない! それより早く教室行こうか。今週はママゾンのビジネスモデルがテーマだったよね」
「あ、そうですね。ロングテールってことしか分かりませんでしたけど」
「上等上等! 社たちと一緒に調べたの?」
「はい、毎週四人で四苦八苦してます」
「本当、君ら仲良しだよね。羨ましい」
「うちの竜ヶ崎と三浦がてんやわんやすると、僕にまで火の粉が降り注いで来るから、平穏そうなグループ見てると癒される……」となぜか合掌する近村。
「あれ? 別の食堂に行くって、近村先輩とだったん?」
ゼミの教室手前まで移動したところで、集が後ろから声を掛けてきた。特段やましいことはないので、藤田は「そうそう。近村先輩の友達とも会ってきたんだけど、パンチ効いてた」という。
「ええー! 俺も会いたかった! なんで俺も誘ってくれなかったんですかぁ!」
集が他意のないことをいう。しかし、それを聞き逃さないのが田中である。
「……きっと藤田に用があったんだよ。ね、先輩」
「うん! 藤田と似てる三浦と初対面させてきた! 彼忙しいから藤田だけでもって思って急遽藤田にラインした次第なのよ」
「ちぇ、残念」
小石を蹴る少年のような表情で集は近村を見る。
「俺も残念っスよ。次は藤田と俺、セットで呼んで下さいよ」
社も集に続いて口を尖らせた。
藤田はその後も三浦たちとの集まりに呼び出されるようになった。何故か竜ヶ崎が藤田をいたく気に入ったらしく、時間が合うと必ず招集がかかる。
そして、毎度お決まりのように「近村をよろしく頼む」というのだ。
あれだけピリつくくらいだ、犬猿の仲とも思えたが、どうやら喧嘩するほど何とやららしい。
「違うからね」
何度目かの招集中に、近村がようやく竜ヶ崎の前で進言した。
「それ、僕が三浦に変な気を起こさないように、見張っとけって意味だから。決して友情の類じゃないからね」
「え?! 竜ヶ崎さんそうなんですか!?」
「っち」
藤田の得意の空気読みは、どうやら先輩方には通用しないらしかった。
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