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 キキもそうだった。連れ帰って名前を聞いても何も言わなかった。「寒い?」と聞いても答えなかった。しかし風呂に入れようとすると抵抗した。貴博には理解できた。きっと服の下は痣だらけなのだ。痩せていて恥ずかしいのだ。それを他人に見られたくないのだ。 「1人で入れるかな? お兄さんは向こうでテレビ観てるからゆっくり入っておいで」  そう言って貴博はバスルームから出た。しばらくするとお湯の音が聞こえてきた。入ったんだなと安心した。キキは本当にゆっくり入っていた。相当体が冷えていてのだろう。  それからキキとの生活が始まった。普段はコンビニ弁当やカップラーメンしか食べなかった貴博も料理を始めた。と言ってもご飯はレンジで温めるだけのもの、味噌汁はお湯を注ぐだけのもの、おかずはスーパーの惣菜だが。それでも休みの日はホットケーキを焼いた。少し焦げてしまったがキキはたくさん食べてくれた。  貴博は毎日仕事に行った。帰ったらキキはいないかもしれない。それならそれで仕方がない。帰りたかったら帰ればいい。キキを閉じ込めるつもりはなかった。  不安な気持ちでアパートに帰ると部屋の窓からキキが顔を出しているのが道から見えた。外の風景を目を輝かせて見ていた。貴博が帰って来たことに気づいたキキは貴博に視線を移した。貴博は笑顔で手を振った。するとキキは急いで部屋へと隠れた。朝も貴博が部屋を出るとすぐに窓の開く音がする。言葉はないが見送ってくれているのだろうか。それとも新鮮な朝の空気を満喫しているのだろうか。やはり窓は開けるためのものだ。窓からひょっこり顔を出すキキを愛おしく感じた。  これからはキキのために働こう。可愛い洋服も着せてあげよう。美味しい物も食べさせてあげよう。貴博は一層仕事に励んだ。
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