《3》怯える王子と語る王子

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《3》怯える王子と語る王子

 翌日には聖女の凶夢の内容が記された資料が送られてきた。それによると私は『悪役令嬢』をしておらず、まるで無関係の人間のようにレアンドルとクラリスの恋を放置。結果、国が滅びるというストーリーだった。ならば協力しあって光魔法を取得することは、凶兆にはならないということだ。  しかも王からの手紙つきで、クラリスがそれを会得した暁にはレアンドルとの仲を認めるとのことだった。  相変わらずテオフィルはぶつくさと文句を言っていたけれど、私としては良い知らせだ。恋に落ちるべくして落ちたふたりなのだし、謝罪もしてくれた。彼らの恋路を応援したいと心の底から思っている。  私たちの作戦も王の後押しがつき、魔法科教師に国からの依頼としてクラリスのことを頼むことができた。しかも彼女は、聖女の予知夢により光魔法を取得する必要があると公告された。レアンドル王子や私、(何故か)テオフィル王子が協力するのもそのためと明らかにされていて、つまらない憶測や噂が生じることもなさそうだ。  ずいぶん王は慮ってくれている。  そう思ったけれどテオフィルは鼻で笑った。 「父がここまで姑息だとは思わなかった。ユゴニオに侵攻され国が滅びるとなったとき、その責任をクラリスに押し付けるための公告だ。聖女の予知夢では彼女が救国の英雄になるはずだったのに、と」  ……なるほど。だとしても私にとっては都合が良いことには変わりない。  それから毎日放課後、私たち4人と教師とで光の魔法取得に励むことになった。  更に半月後、聖女の予知夢を、我が国最高の魔法研究家が読み解いたそうだ。彼はクラリスの光魔法開眼を、『クラリスが私の意地悪により感じた危機感と、なんとか彼女の力になりたいと願うレアンドルの思いの強さの相乗効果によるもの』と結論づけた。  そのため私たちは『悪役令嬢シャンタル』の意地悪一覧を、そのまま再現することとなった。テオフィルは激しく抗議したらしいけれど、魔法研究家の言葉は重かった。国王命令が出たので、やらざるを得ないのだ。  安全に配慮をした意地悪を私がクラリスに行い、シナリオにあればレアンドルが助けに入ったり、怒りを爆発させたりする。どう考えてもこれではクラリスが『危機感』を持つことはできないけれど、魔法研究家によれば、全く何もやらないよりは良いらしい。彼は学園に住み込みで、魔法科教師と共に私たち4人を指導している。  ただ、いくら公知してあるとはいえ、一見したところは私がクラリスを苛めているように見えてしまう。ほとんどの友人は理解してくれているけれど、中にはレアンドルを取られたから聖女の予知夢をダシにして本気で苛めているのではと疑う人もいた。  だから。全く同じことを役者を逆にして行うこともしている。クラリスが私に意地悪をして、レアンドル役はテオフィルだ。  ちなみにこれもテオフィルは強く抗議したのだけれど、魔法研究家がクラリスと私の魔法に差が出れば、光魔法開眼の手掛かりになるに違いないと主張して、押しきったのだった。  私とクラリスはお互いに階段から突き落としたり、頭上に花瓶を落としたり、野犬をけしかけたり、暴漢に襲わせたり、教科書を捨てたり、寮の部屋に火を放ったりしあった。  もちろん怪我をしないよう、細心の注意を払ってだ。ひと月にひとつの傷害事件という進度だから、事前に詳細な打ち合わせもしている。  とは言え、加害者側でも被害者側でも気は抜けない。しかも目的はクラリスの光魔法会得。私たちの心理的疲労は大きかった。  私の息抜きは仲間とのバイオリンで、同好会に出ている時は至福の時間。辛いことも未来への不安も忘れて友人と音楽に没頭できる。  だけどここへテオフィルが時々やって来るようになった。彼はバイオリンを弾くのではなく、黙って隅で聴いている。いつも目をつぶっていて、起きているのか寝ているのかは分からない。  テオフィルは4人の中では一番、忙しい。『悪役令嬢シャンタル』に則ったクラリスの特訓に参加しつつ、父王や大臣、私の父たちとユゴニオ侵攻回避の対策を講じているのだ。  一般には、戦の予知夢は知らせていない。テオフィルは友人に相談することも愚痴をこぼすこともできない。しかも頼りになるはずの双子の弟は愛しの君にかかりきりで、全く助けになっていないようだった。  そんな状況で溜まった疲れを癒すために、バイオリンの音を聴きに来ているようだ。  私は最初の頃は大切なプライベート空間に入り込まれて嫌な気分だったのだけど、日に日に疲労が濃くなるテオフィルの様相に、今ではバイオリンぐらいいくらでも弾いてあげたい気持ちでいっぱいなのだった。  ◇◇ 「そういえば兄上、ユゴニオの姫と手紙で愛は育めている?」  ある日のこと、レアンドルがふと思い出したかのようにテオフィルに尋ねた。四人で談話室で話し合ってから、八ヶ月が過ぎていた。私たちはもう三年生だ。  順調に『意地悪一覧』をこなしているけれど、今のところクラリスには何の変化も兆候もない。  今日も一覧にある池に突き落とす嫌がらせの、私が被害者バージョンをこなしたところだ。みんな揃って寮に帰る道中で、レアンドルが質問したのだった。 「手紙は出している」と、テオフィル。「当たり障りのない内容だが」 「愛は込めないのか?」 「嘘は書けない。だが聖女に早い結婚を勧められているとは伝えている。だがあちらは乗り気ではないようだ」  ふうん、とレアンドル。「国の存亡がかかっているのだから、嘘でもなんでも書くべきではないかな」  テオフィルが珍しく、唇を噛んだ。余程嫌なのだ、と思う。彼らしくない表情だ。 「だけど姫君と会ったことはないのよね? 急に愛だのなんだの言い出したら、怪しまれてしまうわ」  兄弟の間に割って入る。  レアンドルは無言で肩をすくめ、クラリスのほうを向いてしまった。今では堂々と彼女といちゃついている。まだ私が婚約者なのに。テオフィルもとうに注意することを諦めた。 「テオフィル。明日の同好会に来る?」 「いや。城に行くことになっている」 「そう」  ――たまにはレアンドルが行けばいいのに。自分はクラリスのサポートを完璧にやれば良いと思っているようで、他のこと全てを兄に丸投げしている。  テオフィルはそんな弟に、もう何も期待していないようだ。 「シャンタル」  レアンドルに名前を呼ばれた。 「何?」  思わず警戒する。 「近頃兄上の息抜きはバイオリンのようだ。まだ夕食まで時間があるから、心が洗われるようなものを一、二曲、弾いてやってくれないか」  テオフィルを見ると、戸惑った顔をしている。 「私は構わないけれど、あなたは?」 「……では、頼む」  それならば寮に戻ったあと、中庭の噴水前に集合ということになった。  一旦、自室に戻り、バイオリンを手にして。今日のテオフィルにはどんな曲がいいだろうと考えてから、首を捻った。よくよく考えたら、彼がどんな曲を好きか知らない。  同好会で聴いているときも、こちらが尋ねれば感想を言うけれど、そうでなければ黙っている。会員ではないから邪魔しないように気遣っているらしい、と男子メンバーが教えてくれた。  この八ヶ月は今までにないほど共にいる時間が増えていて、苦手意識もだいぶ薄れたのにテオフィルのことをよく知らない。  ふと今日の、池に落ちたときのことを思い出した。一覧に沿った行為で、しっかり打ち合わせをして危険はないのだけど、テオフィルは演技とは思えないほどの心配顔で台本通りに池に飛び込んできたのだった。  ……どんな曲が好きなのか、きちんと本人に訊いてみよう。  テオフィルが喜ぶ曲を、私は弾きたい。  ◇◇  翌日。放課後王宮に行ったテオフィルが夜遅くに戻って来て、私とクラリス、レアンドルを談話室に集めた。消灯時間は過ぎていたけれど、特別に許可がおりたそうだ。最初は良くない話かと不安になったけれど、彼の顔を見て吉報だと悟った。  果たしてテオフィルは、 「ジャンメール帝国と友好協定が結ばれる」  と言ったのだった。  それは元々、父が縁戚を通じ締結の可能性を探っていたものだ。両国を合わせた兵士数はユゴニオの倍以上になる。あちらは侵攻を考え直すだろう。  テオフィルの話では父たちの働きがあったから、今回の締結が実現したらしい。あちらの王子と我が国の王女の婚約もまとまり、以前から揉めていた農作物の関税率も決着がついたという。 「これでひとつ、盾ができた。侵攻を諦めさせられるかもしれないし、万が一戦になっても応援が来る。後はクラリスが光魔法を使えるようになれば、安心できる」  テオフィルの言葉にみんなでクラリスを見る。彼女は不安そうに首を縮めた。 「大丈夫よ。魔法研究家と先生の指示通りにやっているもの。あなたはがんばっているわ」 「シャンタルもだ。必要のない被害者側をよくやってくれている」  テオフィルが顎を上げ、尊大な口調で言う。だけど悪い気はしない。 「ありがとう。内緒で悪役令嬢を演じることに比べたら、ずっとマシだもの」  とりあえず吉報を簡単に聞いて、私たちはすぐに自室に戻ることにした。何より早く、テオフィルを休ませて上げたかった。彼は夜目でも疲れているように見えた。  全員で談話室を出て、クラリスと私は女子寮に繋がる階段に向かい、レアンドルとテオフィルは男子寮への階段を上った。  と、ふらりとテオフィルの体が揺れた。階段を踏み外す。  ――落ちる!  そう思った瞬間、私の中で何かが爆発した。辺りが昼のような光に包まれ、落ちかけていたテオフィルの体が空中で止まる。  その兄を弟が掴むと、光は消えた。  驚きに満ちた、三対の目が向けられる。 「……光魔法? 私が?」  私の呟きが、暗いホールに響いた。  ◇◇  私は、確かに光魔法に目覚めたらしい。昨晩起こったことを朝一番で報告したら、魔法研究家はしたり顔で認定したのだ。  すっかり混乱していたけれど、そんな状態なのは私だけで、他の人たちはそうでもなかった。クラリスと全く同じことをしていたから、不思議に思わないらしい。聖女の予知夢が外れたことに驚いているぐらいだ。  でも私は悪役令嬢なのに。  それに魔法研究家によれば、クラリスの開眼にはレアンドルの、愛するひとの力になりたいという、強い思いが必要だったはずだ。  ……どういう訳なのか、テオフィルは私と目を合わせようとしない。  そんな状態のまま放課後となり、私はレアンドルに一昨日落ちた池に呼び出された。学校の敷地内なのだけど、雑木林の中にありひとけがない場所だ。  何故そんな場所にと気味悪く思ったものの、私は行った。池にはレアンドルしかいなかった。クラリスさえ、いない。  私に気づいた婚約者はにこりと笑みを浮かべた。 「本当のことを話すよ」 「本当のこと?」  うなずくレアンドル。「どうしてわざと、クラリスとの仲が周知されるようにしたか」  首を捻る。最初に聞いた説明は、嘘だったということだろうか。 「僕なりに考え抜いた、最善策のつもりだったんだ」 「以前もそう話していなかったかしら?」 「うん。だけど、ちょっと違う。僕の目的は君との婚約を解消すること。僕の有責でね」レアンドルは再び笑みを見せた。「婚約者を蔑ろにして他の令嬢と恋仲になる。カヴェニャック家は由緒正しい家柄。傲岸な父といえども、不肖の息子で悪いね、なんて軽く済ませられることじゃない。贖罪として、兄上との婚約を決めるだろうと考えた。王女は引く手あまただから、なんとかなる」  兄上との婚約? 「完璧に隠しているけど、昔から兄上は君が好きなんだ」  レアンドルはそう言って、参るよね、と小さな声で付け足した。 「双子だからなのか、なんとなく感じるんだ。僕が君といるときの兄上の視線。それだけならともかく、やるせなさや悔しさや、どんなに僕と代わりたいと思っているかまで。兄上は僕が気がついているとは知らないだろうけどね。  君は僕の婚約者で、彼には隣国の王女という婚約者がいる。彼は第一王子で、弟の僕は頼りなくて王になる器でもない。兄上はああいう人だ。決して君を好きだなんて口にしない。きっと墓場まで持っていく秘密のつもりだ」  でも僕はずっとたまらなかったんだ、とレアンドルはいつの間にか泣きそうな顔になっていた。  兄がひとりで苦しみを抱えていることも、それを知りながら私と結婚することも、どちらも苦痛だったから、クラリスと恋に落ちたときにあの作戦を考えたのだそうだ。 「池に落ちた君を助ける兄上が何を思っていたか、僕は手に取るように分かるよ。君をそんな目に遭わせたくない、だけど君を抱き抱えるなんて二度とないだろうことだ、放したくない、といったところ。今回のことだけじゃない、この八ヶ月ずっと、そんな気持ちだったはずだ。  実は最初から、光魔法を会得するのはシャンタルではないかと思っていたんだ。愛するひとを思う気持ち、年季と悲壮さは兄上のほうが上だから」  レアンドルがそばにやって来て、ポケットから何かを取り出し、差し出した。ハンカチだ。 「涙を拭いてあげたいけど、その役目は僕じゃないから」 「……私は泣いているの?」  頬に触れると、濡れていた。  そうか、と納得する。 「あの兄上が今は怯えているよ。生涯隠し通すつもりだった秘密を、君に気づかれてしまいそうだからね。枷は色々あるけれど、行ってあげてくれるかな。腹が立つこともあるけれど、僕の大切な兄なんだ」
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