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中途半端
周りの部屋から漏れ出す騒音は、誰かの声だったり、何かの楽器の音だったり……お世辞にも綺麗な音色とは言えなかった。
それもまあ仕方のないことだ。ただその場を盛り上げるためだけに奏でられる騒音が綺麗であっても、逆に不自然だろう。
楽しむため。だから真面目に音色を奏でるなんて間違っているのだ。
───じゃあ自分は、なにをこんなに必死になっているんだろうか。
◇
一通り歌い終わったことを告げるように、機械が曲を流すのを止めた。それと同時に顔を上げてモニターを眺める。
もう終わったのか。
知ってはいるが分かりたくはない、そんな感覚。毎度毎度曲が終わるたびにこの苦痛を味わうのはそろそろ卒業したい。
ずっとずっと、歌っていられたらいいのに。そうすればこの苦痛から逃れることもできるだろうから。
そんなことを考えながら、もう一度モニターに目をやる。そこには「92」と言う数字が堂々と映されていた。
ああ、今回もダメだったのか。
顔を逸らし、手に持っている方の機械を操作する。演奏を停止しますか? その下に出てくる、はい/いいえの選択肢を数秒眺めたあと、いつもと同じように『はい』を選択する。
早く次に移りたかった。そうすれば、この感情も少しは薄れてくれるだろう。
……そんな自分の気持ちとは裏腹に、仲間たちは次々と先程の点数への感想を述べてくる。
「ひゃー……! まぁた90点超え!? 神かお前。」
「ムカつく……」
「いや本当にね……んで? なんでそんな顔してんの? アンタは」
カラカラと音を鳴らし残り少なくなったドリンクを傾けながら、友人はこちらに目を向けて訪ねてくる。
表情に出したつもりはなかったのだが、彼女の言い振りでは自分はきっと中々に不機嫌な顔をしてしまっているのだろう。
せっかくの楽しい時間に、どうしてそんな雰囲気を害すような表情を浮かべているのだ、そう言いたげな声色だった。だが、生憎その問いに答えるつもりはない。
自分の惨めな感情を、誰かに曝け出すなんてできるわけがなかった。
───こんなの、納得がいかないなんて。
私ならまだいけた筈なのに。もっと点が取れた筈なのに、なんて。こんな点でちやほやされたって嬉しくない、なんて。
言ったところで高望みが過ぎると言われてしまうだけだ。
……だけど、こんな点じゃ「あの子」には勝てない。
眉を潜め、より一層下を向いてしまう。
事実なのに、受け止めたくなくなってしまう。分かり切っていることなのに、酷く傷ついてしまう。
人と比べるのは間違いだなんて、そんなことは知っている。
でも仕方ない。キリのない上を見れば足を止めたくなるし、キリのない下を見れば安心してしまう。私はそんな人間なんだ。
ふと、名前を呼ばれて顔を上げる。そこには怪訝そうな友人の顔があった。
「おーい? 聞いてるか〜?」
私の目の前で手を振って、反応しろ〜と言葉を続ける。返事をしない訳にもいかないので軽く笑いながら返答する。
「あ……うん。いや、95は超えたかったんだけどなーって。」
「はぁ!? 92も取れれば上等やん!! 理想高過ぎだろお前!!」
「それは嫌味ですか? さっき87点だった私への嫌味ですか? あぁん?」
「い、いや、そんなつもりは! 一切無いで……あぁぁああ!! 首はっ、くびはやめてぇ……! ぅ、えほっ……うう……酷い……」
「うるせえ」
そろそろこの暴力訴えてやろうかな、なんて思いながら恨むように仲間の一人を見上げる。勿論そんなことをしても敵いっこないことは分りきっているので、ある程度反抗したらそっと目を逸らしておく。
友人たちは、取り敢えずは先ほどの点数のことから意識が逸れたのか、機械を操作したりマイクを回したりと次に歌う準備を着々と済ませていた。
ふと俯くと、その先にあったコップが空になっていることに気付く。
さほど喉が乾いているわけでもないが、室内の熱気で顔が熱くなっているので飲み物を取りに行くついでに少し外に出て涼んでこようか、なんて思い立ちコップを片手に立ち上がる。
何の気なしにモニターに目をやると、流行りのアニメのオープニングタイトルが表示されていた。マイクが隣に渡っているのを見るに、次は黒髪の彼女が歌う番のようだ。
彼女も含めた全員に断りを入れ、そっとその場から離れた。
部屋のドアを静かに閉めると、決して軽やかとはいえない足取りでドリンクが並んでいる所へと足を向かわせる。
時間が経ち、冷静になって考えると先ほどの歌のどこがダメだったかなどが見えてくる。それで次はそこを改善しようと思えるのはいいのだが、考えれば考えるほど自己嫌悪に陥ってしまうのは心苦しい。
なんだか余計惨めになって、下唇を噛む。それと同時に「あの子」に対しての羨ましさや、少しの憎たらしさがため息に混じって空気に滲んでいく。
どうして私は「あの子」みたいになれないんだろう。
そんなことを考えても無駄だと分かっているくせに、何度も何度も同じ思考を繰り返してしまう。
二度目のため息をつき、ジュースを入れたコップを取る。このコップ一杯に注がれた冷たいジュースが完全に手を冷やし切ってしまう前に、早く部屋に戻ろう。
そう思って足取りを早くする。心から楽しめなくたっていいから、せめて笑顔だけは貼り付けておこう。
そうでもしないと、せっかくの楽しい雰囲気を打ち壊してしまうから。……そうでもしないと、嫉妬と自己嫌悪に押し潰されて死んでしまいそうになるから。
部屋のドアを開けると、相変わらず楽しそうに歌っている黒髪の彼女や、曲の途中だというにも関わらず茶々を入れて怒られているたり、それを見て苦笑していたりする友人の姿が目に入る。
そうだ、自分は楽しむためにここにいるんだ。なのにそれをぶち壊すなんて、愚か者のすることだろう。
部屋に入り、茶髪の彼女の横に座る。飲み物をテーブルに置き、楽しそうだね、なんて声を掛け何も無かったように笑って見せる。
せめてこの時を楽しみたい。そんな思いを噛み締めながら。
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