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破れた女、ひとり
埼玉は越谷から、最終便で二十二時四十四分発。鎌倉駅の到着は、日付が変わって零時三十一分になる。
紅トキコは、いま鎌倉駅から歩いて十五分ほどの海沿いのファミレスにいる。
深夜のファミレスにはほとんどひともなく、トキコは大きな窓から凪の海を見つめている。
再びここまで来られた。それだけでもよかったと、トキコは思っている。
もう二週間、まともに眠れていない。もう二週間、固形物を食べられていない。
恋人との突然の別れは深く胸に突き刺さり、ぎりぎりと痛んで、生きた心地もしない。
それでも、誰も悪くなかったのだ、とトキコは自分に言い聞かせる。
恋人に好きなひとができた。
トキコよりもその女は美しく、聡明で、勇敢で、そして彼のより近くにいた。
彼にとってトキコは既知の女で、あの女は未知の女であった。
まだ知らぬものを求める冒険心や野心を、ひと一倍もった彼であった。ときめきを強く追い求める、ロマンティストな彼であった。
しかたない。しかたないのだ。すべてのことは、起こるべくして起こったのだ。
トキコは前に一度、彼と一緒に鎌倉に来たことがあった。サザンをかけながら、真っ赤なスポーツカーでやってきて、あじさい寺を見て、大海老天丼を食べた。
今度来た時には江ノ電に乗ろうね、生しらす丼を食べようね、と約束した。
約束はつゆと消えたが、トキコはひとりきりでやってきた。恋の弔いのための一人旅であった。
そうでもしないと、立ち直れそうにない。すべてのことは運命だったのだ。前世からの約束であったのだ。宿命だ、宿命だったのだ……
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