壊れないものは創れない(魔術師の正位置)

1/1
前へ
/21ページ
次へ

壊れないものは創れない(魔術師の正位置)

 ある日の午後、私は趣味の一環でもある手芸にいそしんでいた。というのも、買い込んでいた生地が多くなってきた為、消化をするついでに何か作りたいと思ったのがきっかけだ。 「あ、この生地破れてる……安売りしてたやつだし仕方ないんだろうけど、これだと作れるものが限られちゃうな」  当初予定していたものを作るには、若干生地が足りない事に気付き、別のものにしようか悩んでいると、後ろからにゅっと顔が出てきた。 「ほんとだね、かなり破れてるみたいだ」 「相変わらず悪趣味な登場だね、マジシャン……それ心臓に悪いから程々にして欲しいんだけど」 「そう言いながら既に慣れているじゃないか、からかいようが無くなって寂しいくらいだよ」  基本的に何でも話してはくれるものの、どこか掴みどころのない、マジシャンこと『魔術師』の正位置は、おかしそうに笑いながらそういった。毎回若干の違いはあるものの、何となく想像がつく登場をするということもあって、最近はそこまで驚かなくなった。  とはいえ、ふと気が抜けている時にやられると心臓に悪い。悪戯好きは程々にして欲しいと何時も注意するが、聞く気が無いのか懲りないので、諦めつつある。 「それより、主は何を作ろうとしていたのかな?」 「最近使ってたポーチの代わりを作ろうと思ってね。今まで直しながら使ってたんだけど、ついに直せない範囲にまでなったから、新調しようと思って……でもこの生地の量じゃ足りないから、別のものにしようか悩んでたの」  私の言葉に、彼の表情が明らかに暗くなった。その理由は何となく分かってはいたが、敢えて触れずに話を続ける。 「そういえば……前使った生地がまだ余ってたし、それと合わせれば足りるかも。私が使うものだし、何より世界に一つだけのものって感じが作れるしいいかもね!」 「……主は意地悪だね」 「……話したいと思ったなら、聞いてあげる」 「はは、主には叶わないよ……大方想像はついているんだろう?」  彼は創造を司る存在、それ故に創造に関する悩みを抱えている。その悩みが最大に達した時、彼から接触してくるからすぐに分かる。  でも、私は敢えて最初にはそれを聞き出さない。無理やり話させたって本音を聞き出せないから。何よりこちらが全て察してしまうと、今後も察してくれると思い、段々会話をしなくなってしまうこともあるからだ。 「僕の存在意義を、考えていたんだよ」 「どうして?」 「知っての通り、僕は創造を得意としている。でも、どうしても創れないものがあるんだ」 「創れないもの?」 「壊れないもの、だよ。永遠のものは創り出せない……そんな僕が、創造を司っていていいのかなと思ってね」  彼の創造力は、計り知れない。どんなものでも創り出せる彼にとって、唯一創れないものがあるというのが引っかかっているらしい。 「そっか、そんなことを考えてたんだ」 「主はどう思う?」 「……いいんじゃない? 創れないものがあっても」 「……え?」 「だって壊れないものを創れてしまったら、逆マジシャンさんの存在意義が無くなるじゃない。それに、物がいつか壊れると分かっているから、大事にしようと思えるわけだし……貴方には物の大切さを伝える力だってある」  永遠がないと分かっているから、人は一度きりの人生を良くしようと奮闘できる。大事な人との時間を大切にしようと思える、愛おしいと思える。それは彼に創れないものがあるから分かること。そして彼にはその重要性を伝える力がある。ずっとあるものなんてないから、後悔のない選択をする方がいいと。 「あくまで私の考えだけどね」 「僕は……完璧で無くてもいいのかな」 「この世に完璧なものは生まれない。どこか欠けているから惹かれ合うし、補い合おうとする。人の生涯だってそう、いつか終わりを迎えると知っているから、今を懸命に生きようとする……永遠に続くものの方が案外つまらないかもよ?」  私の言葉に納得がいったのか、彼は静かに頷いた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加