第六話 宮永くん

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「い、いいよ、大したことじゃないし。でも……誤解がとけて良かった」  宮永(みやなが)くんは慌てて手を振ると少しだけ笑った。その笑顔には安堵が浮かんでいた。表面上は落ち着いているように見えたけれど、内心では誤解を解かなければと緊張していたのかもしれない。 (あ……笑ったらめっちゃ優しそうじゃん。最初の印象が良くなかったし、いつも無表情で本を読んでるから、もっと性格悪い人かと思ってた。でも、誤解を解こうとしてくれて、あたしも悪いのに自分から謝ってくれて……めっちゃいい人じゃん!! 本当にあたし、自分のことばかりで周りが見えなくなってたんだ……)  漫画雑誌『ピュアラブ』の月例賞でライバル(とあたしは勝手に思ってる)の成瀬杏(なるせあん)が先に受賞してデビューしてしまい、焦っていたところに、期待していた漫研は『趣味勢』に乗っ取られて、部活動とは呼べないほどグダグダになっていた。  心を搔き乱されることやショックなことが重なって、あたしはすっかり自分を見失っていたのだ。 「……あたしの悪い癖なんだ。好きなことは熱中して何時間でも続けられるけど、のめり込み過ぎて他のことがおろそかになっちゃう。ホント、宮永くんには悪いことしちゃった。ごめんなさい」  すると宮永くんは小さく首を振る。 「それはもういいんだ。そんなに夢中になれることがあるなんてすごいな。ひょっとして……漫画を描くこと?」 「あー……そっか。宮永くんはあたしが漫画家を目指してること、西田先輩から聞いて知ってるんだよね」 「ごめん……もしかして秘密にしておきたかった?」 「ううん、あたしは漫画家目指してることを隠さない派。だから気にしないで」 「……。どうして隠さないの? いろいろ言ってくる人もいるだろ? 『そんな夢は無理だ』とか『才能がない』とか」 「もちろんいるよ。でも……あたしは悪いことをしてるわけじゃないから。漫画家を目指すのは恥ずかしいことでも、コソコソと隠すようなことでもない。だから堂々としていたいの」  あたしがそう答えると、宮永くんは何とも言えない複雑そうな表情をする。驚きと戸惑い、そしてどこか羨望(せんぼう)が入り混じったような、すっきりとは割り切れない顔だ。 「……そう、君は強いんだね」 「強くなんてないよ。落ち込んじゃうことば――っかり! ま……でも絶対に夢は諦めないけどね」 「そうか……漫画家の夢、叶うといいな」 「うん、ありがと」  答えてから、あたしはハッとする。 (……っていうか、あたし自分のことばっかり喋ってんじゃん!)  これじゃまるで、自分のことしか興味のないナルシストみたいだ。何か会話を広げなければと思うけれど、何を話せばいいか分からない。  だって、あたしは宮永くんのことを何も知らないのだ。  彼とは同じクラスだけどほとんど話したことはないし、あたしが宮永くんについて知っていることといえば、いつも本を読んでいることだけだ。 (でもあたし、本はあまり読まないんだよね。漫画はよく読むけど。どうしよう……話について行けるかどうか自信ないけど……まあいいか。沈黙が続くのも嫌だし、せっかく話せそうな雰囲気になったんだし)  くよくよ考えるなんて、あたしのキャラじゃない。まずは行動あるのみだ。 「宮永くんっていつも本を読んでるよね。それ、どんな本なの?」 「ああこれ? ライトノベルだよ」 「ラノベ!? 意外……もっと固い本かと思った」 「具体的に言うとライト文芸、もしくはキャラクター文芸と言って、ラノベと一般文芸の中間くらいの位置づけにあるジャンルなんだけど……いま話題の小説なんだ」  そう言って宮永くんは焦げ茶色のブックカバーを取って小説の表紙を見せてくれた。  目の覚めるような、鮮やかな青空。その下に(たたず)む制服を着た少女。人目を惹く、美しい表紙だ。確かにイラストがラノベっぽいけど、ラノベの絵よりずっと清潔感と清涼感がある。 「うわあ……めっちゃキレイな表紙! 『どこまでも群青(あお)』……? ひょっとして青春もの?」 「青春ものの要素もあるけど、それだけじゃない。ジャンルを一言で表すのは難しいけど、ミステリー要素のある現代ファンタジー、って感じかな。これを書いたのは一昨年デビューしたばかりの新進気鋭の作家で、今ちょっとした話題作なんだ」 「ふうん……全然知らなかった。面白いの?」 「面白いよ。趣味は人それぞれだけど、僕は好きかな」  これまでラノベや小説はほとんど読んでこなかった。興味がないわけじゃないけど、似たようなものが多すぎて、どれを読んでいいのかさっぱり分からないのだ。でも、誰かが面白いと評したものなら手に取りやすい気がする。 (それに……青春ものなら漫画のストーリー作りの参考になるかもしれないしね)  漫画づくりに行き詰まっている今、それを打開できるならどんなヒントでも欲しかった。  あたしは、さっそく宮永くんに尋ねてみる。 「面白そうだね、あたしも読んでみようかな……その本は宮永くんの私物?」 「これはね。でも図書室にも置いてあったと思うよ」 「本当? それじゃ借りてみよーっと! あ……図書委員が図書室の本を借りたらヤバいかな?」 「そんなことないよ。かくいう僕も、本が目当てで図書委員になったんだし」 「へえ……すごいね。宮永くんの『好き』もかなりのものだね」 「僕のは完全に趣味だけどね」  宮永くんはそう言って、照れたようにはにかむ。 (あ、かわいい……すごく大人びてると思ってたけど、フツーに年相応(としそうおう)なとこもあるんだ)  意外に思った。宮永くんは第一印象と実際のキャラが、けっこう違うタイプなのかもしれない。それを言うなら、あたしも同じかもしれないけど。  図書委員の受付が終わる間際、あたしは図書室の新書コーナーへ向かった。高校の図書室には分厚い専門書や日本や世界の文学全集がところ狭しと並んでいるけど、いま流行りの娯楽小説もけっこう置いてある。  宮永くんの言った通り、『どこまでも群青(あお)』もあった。あたしはさっそくその本を借りて帰ることにした。 (新しい漫画を描こうと思ってたから、いい刺激になるかも。作業に行き詰まったら気分転換に読むことにしよっと)
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