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第一話 違和感の正体
「舞夏、夕ご飯の支度ができたぞー」
「はーい! あ……もうこんな時間か」
一階から立夏の声が聞こえてきたので、あたしは漫画の作業を中断し、パソコンをスリープモードにしてから液タブの電源をオフにする。
漫画を描くためにお年玉やお小遣いをコツコツ貯めて、ようやく購入したあたしの宝物たち。
自室を出て階段を降りると、早くも美味しそうな匂いが漂ってきた。
(あーいい匂い! お腹が空いてきた……! 今夜のメニューは何だろう? オリーブオイルの香りが混じっているから洋食かな?)
あたし、結城舞夏は三つ子の姉妹の末っ子だ。
一番上の姉は晴夏、二番目の姉は立夏。みんな誕生日が同じだから、姉妹といっても上下関係は厳しくない。
三つ子だから必然的に同じ学年、つまり高校生になるけど、全員ばらばらの高校に通っている。
晴夏が通っているのは月渡学園、立夏が通っているのは虹ヶ丘高校、そしてあたしが通っているのは星蘭高校だ。
ただ、我が家にはひとつだけ厳守しなければならないルールがある。それは夕食は必ずみんな揃って食べることだ。
まあ、必ずと言ったってそれぞれ学校が違うし、部活や行事もあるから揃わないこともあるけど、大抵、あたしたち三姉妹と壱夏ばあちゃんで食卓を囲むのが日課となっている。今日はそれに蒼ちゃんが加わった。
「こんばんは、舞夏ちゃん」
「蒼ちゃん! ひょっとして今日は蒼ちゃんも一緒なの? やったあ!」
あたしは飛び上がって喜んだ。蒼ちゃんの本名は月宮蒼司。簡単に言うと親戚のお兄さんだ。ただ親戚と言っても遠縁になるので、家同士の付き合いはないけれど。
蒼ちゃんは普段、結城家の離れに住んでいるけれど、時々、母屋に夕ご飯を食べにくる。あたしは蒼ちゃんと一緒に過ごす夕ご飯タイムをとても楽しみにしていた。
壱夏おばあちゃんによると、結城家はその昔、俵山でも名のある地主だったらしい。それもずいぶん昔の話だから、今は跡形もないけど。
その名残で我が家には大きな母屋が一つ、離れが三つもある。敷地の裏山には小さな祠と鳥居もある。
もっとも、この家にはあたしたち三つ子と壱夏おばあちゃんの四人しかいないから、普段生活するのは母屋で、離れはほとんど使っていなかった。
そこに目を着けたのだろう。蒼ちゃんはある日突然、結城家にやって来て、その離れの一つをアトリエに改築してしまったのだ。
最初はびっくりしたけど、あたしはすぐ蒼ちゃんに夢中になった。だって蒼ちゃんはかなりのイケメンで、ファッションセンスも抜群なのだ。絵描きとしての才能もあるし、物腰も洗練されている。
俵山みたいな超がつくほどのド田舎で、蒼ちゃんは荒れ野に咲く一輪の白百合のごとく輝いていた。
まるで漫画に出てくるイケメンキャラにそっくり! ……とくれば、蒼ちゃんが母屋に来る時は、あたしのテンションは爆上がりになる。
「ねえ、蒼ちゃん。あたし蒼ちゃんの隣に座っていい?」
「もちろんいいよ」
「ほんと!? わーい、ありがと~!」
せっかくの貴重なチャンスなんだから、絶対に逃がしたくない。あたしが蒼ちゃんの隣の席をゲットすると、長女の晴夏が唇を尖らせた。
「舞夏ずるーい。どうして勝手に決めちゃうの? 私だって……!」
「私だって、何?」
「その……私だってたまには他の席に座りたいなって……」
晴夏は真っ赤になって眼鏡を押し上げながら、もごもごと口ごもる。晴夏は極端な恥ずかしがり屋で、言いたいことをはっきり言えないところがある。
でも残念、それじゃ欲しいものは手に入らない。
「ふふーんだ、残念だったね晴夏。こういうのは早い者勝ちなの! 大人しくあきらめて次の機会を待ったら?」
「次の機会って……いつになるか分からないし、その時だって絶対に舞夏が先に……!」
「何よ、文句ある? 晴夏はお姉ちゃんなんだから、少しは妹のあたしに譲ってよ」
「そんな、ひどいっ……!」
晴夏は長女なだけあって、お姉ちゃんなんだから我慢すべしという、いわゆる『お姉ちゃん論法』に弱い。
正直なところ、相手の弱みを突くことに後ろめたい気持ちが無くはないけれど、蒼ちゃんが絡んでるなら譲れない。晴夏も蒼ちゃんに好意を抱いているに違いないからだ。
あたしと晴夏は恋のライバルなのである。
しかしその時、最大の『敵』が現れた。二番目の姉の立夏だ。
立夏は何故か、あたしが蒼ちゃんに近づくと必ずと言っていいほど邪魔をする。今日もじろりとあたし達を睨みつけ、さっそくガミガミ言いはじめた。
「おい、馬鹿みたいなことで騒いでないで手伝ってくれ。晴夏と舞夏はテーブル拭いて食器を並べて。蒼司はフライパンを運ぶ係な。たまに母屋に顔を見せたからって『お客様』じゃないんだ。働かざる者食うべからずだぞ!」
「もう立夏! そういう言い方はないでしょ……せっかく蒼ちゃんが来てくれたのに!」
あたしは立夏のあまりの言い草に腹を立てるものの、蒼ちゃんはにこやかに笑って答える。
「いいんだ、舞夏ちゃん。……立夏、フライパンはキッチン?」
そして蒼ちゃんと立夏は壱夏おばあちゃんの待っている台所へ向かった。さすが蒼ちゃん、すごくスマートで大人な対応力!
それにくらべて立夏の横柄な態度ときたら、我が姉ながらイライラする。
立夏はあたしが蒼ちゃんと仲良くなろうとすると、必ずと言っていいほど邪魔をする。そして何が何でも、あたしから蒼ちゃんを遠ざけようとするのだ。
立夏いわく、蒼ちゃんはヨコシマな考えを抱いている危険人物だから、あたしや晴夏には近づけられないんだって。
でも、そんなの大きなお世話だ。あたしが誰を好きになろうと立夏には関係ないし、誰かとお付き合いするのに立夏のお許しがいるわけがない。あたしにとって、はた迷惑なお節介だ。
蒼ちゃんは同じ敷地内に住んでいるけど、一緒にいられる時間は意外と少ない。あたしは高校に行ったり漫画を描いたりして忙しいし、蒼ちゃんは蒼ちゃんで虹ヶ丘高校の非常勤講師の仕事と画業をかけ持ちしている。
だから、数少ないチャンスを絶対にモノにしなきゃ。
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