第十六話 想いのカタチ

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 それからあたしは母屋へ戻り、晴夏(はるか)とも別れてから自分の部屋に向かった。  蒼ちゃんの圧倒的な熱量の込められた絵に触れたからか、それとも立夏(りっか)の秘めた想いを知ってしまったからか、気が引き締まる思いだった。  みんなそれぞれの世界で戦っている。あたしも負けてはいられない。 「あたしも頑張ろう……!」  ただ、やる気が満タンになったからといって、すぐに漫画のネタが降ってくるわけじゃない。  ぐるぐるにこんがらがった思考の糸は、もつれ合ったまま。それを何とかしたくて、あたしは改めて自分自身に問いかけてみる。 (あたし、何が好きなんだろう……? どうしたら蒼ちゃんの絵のような熱量をぶつけられるんだろう……)  ――あたしの好きなもの。  そう考えた瞬間、ふと第三美術室で一心に土と向き合っていた宮永(みやなが)くんの姿が脳裏(のうり)によぎる。  粘土を練るたびに揺れる、さらさらの前髪。実直そうな瞳に、長いまつげ。腕は意外とたくましくて、大きな手の甲の骨がくっきりと浮かび上がっている。  真摯に、けれど子どものように無邪気に、陶芸のことを語ってくれた宮永くん。それはまさに突然の不意打ちだった。  『自分の好き』を想像して宮永くんを思い浮かべるなんて、自分でも思いもしなかった。  我ながら、心臓がひっくり返りそうなほどドキドキしてしまう。頬が熱を帯びて、鏡を見なくても赤く火照(ほて)っているのが分かる。 (あたし、一人で赤くなっちゃって……何やってんの!?)  あたしは宮永くんのことが好き、なのだろうか?   自分の胸に問いかけてみるけれど、よく分からない。立夏のことをとやかく言えるほど、あたしも恋愛経験が豊富なわけじゃない。  ひょっとすると宮永くんは、あたしが辛いときにいろいろ話を聞いてくれたから、それで好きだと錯覚(さっかく)しているだけかもしれない。 (でも……宮永くんみたいに何かに一生懸命、打ち込んでる男の子って好感持てるし、尊敬するな。そういう男子に恋をする女の子の話、描いてみたらどうだろう?)  そう思いついた途端、何だか急に目の前が開けた感じがした。  上手くいくかどうかは分からないけど、少なくともこれまで描いてきた流行後追(りゅうこうあとお)いのテンプレ漫画よりは、ずっと強く描きたいって思える。  自分が興味あることだからか、俄然(がぜん)やる気が出てきて、アイディアも怒涛(どとう)のごとく湧き上がってくる。 (でも、何に打ち込んでる設定がいいんだろう? 陶芸はすごく興味あるけど、読み切りじゃ魅力を伝えきれないし、もっと分かりやすい……絵とかスポーツとか?)  あたしはさっそく自由帳を開くと、シャーペンを手にアイデアを書きつけていく。 (リアリティを出すためなら調べ物もしなきゃだけど、そこは面白い漫画を描くため! 手間を惜しんでちゃ駄目だよね。なんだったら、リアルの部員に取材すればいいし)  そこは女子高生であるあたしの強みだと思うし、こうと思い立った時の行動力は、誰にも引けを取らないつもりだ。 (……女の子の設定はどうしよう? ただ恋をするだけじゃドラマは盛り上がらない……。だったら、ヒロインも男の子と同じように頑張っている子にしたらどうかな? 男の子と女の子、二人は同じクラブの同級生。部活一筋に打ち込む男の子にライバル意識を抱きつつも、徐々に恋心を抱く女の子……うん、なんかいい感じ!)   アイデアを描き出す手が止まらない。自分でもノッているのが分かる。 (ただ……これだとありきたりすぎるから、キャラクターや設定、題材、展開、構成、どこかで工夫してオリジナリティを出さなきゃ。部活モノは古今東西(ここんとうざい)、やり尽くされているし。でも、オリジナリティか……そこが一番、難しいなあ……)  悩みは尽きないけど、それでも方針が定まらずに悶々(もんもん)としていた時よりはずっと楽しいし、作業もはかどる。  ただ、テンプレ以外のことに挑戦するのは怖くもあった。ただでさえ実力が不足してて、面白い漫画を描ける自信が無いのに、テンプレじゃないと余計に失敗しそうな気がする。  テンプレは「こうしておけば大丈夫」っていうのがはっきりしているから、その点だけは安心できるんだ。  それは読み手も同じかもしれない。みんな、新しい題材に触れるのが怖いんだ。どんな物語なんだろうとドキドキワクワクするより、面白くないんじゃないか、不快になるんじゃないかっていう不安や心配の方が勝ってしまう。  何より時間を無駄に浪費したくない。娯楽は他にもたくさんあるんだから、確実に楽しめるものをスマートかつ効率的に選びたい。だから決まりきったキャラやテンプレ漫画がもてはやされるんだと思う。  ドキドキハラハラするものや難解なもの、非テンプレなものはマイナス要素でしかなくて、まず安心を保証されていることが何より重要なのだ。 (どうしよう……一生懸命、テンプレじゃない漫画を描いたところで認めてもらえないかもしれない。漫画の編集者にすら読んでもらえないかもしれない)  そう考えると『王子様』も『オレ様』も『クラスで人気のイケメン』も出てこない恋愛漫画なんて、描いてはいけないような気がしてくる。  誰にも評価されず、審査員にすら読んでもらえない漫画なんて、描いたところで意味があるのかな?   せっかくテンプレが「こうすればいいよ、こうすれば読んでもらえるよ」と教えてくれているのに、わざわざそれに逆らうような真似をする必要があるんだろうか?  弱気なことばかり考えてしまう自分を振り切るように、あたしは頭を振る。 (ううん……今はあたしが『楽しい』と感じるものを描こう。だって、自分が楽しいと思うものすら表現できない人間が、誰かを楽しませるなんてできるはずがないから……! まずは自分の『楽しい』をしっかり表現できるようになろう……!!)  あたしは夜が更けるのも忘れて、夢中で漫画づくりに没頭した。「なんか違う」とか「これじゃない」とか悩んでいたから、久しぶりに漫画を描いて心から楽しいと思えた。  自分のこの選択が正しいかどうかは分からない。けれど、今はこれでいいと思えた。  漫画を描くのが辛くて苦しくて……そうなってしまったら、もし漫画家になれたとしても意味がないから。
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