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第十七話 文芸部員の事情①
その後、あたしは文芸部に入部届けを出して、正式な文芸部員となった。
学校の授業を終えると、放課後は文芸部で小説を読んだり漫画のネームを切ったりして、家に帰ってからは漫画制作という忙しい日々が始まった。
「こんにちはー!」
あたしが元気よく文芸部の部室に入ると、みんな先に来ていて、いつもの定位置に座っていた。
「こんにちは~」
最初に声をかけてくれるのは、恋愛小説が大好きな天羽さん。
「ういーっす」
宝生さんはいつも通り、ノートパソコンで熱心に執筆している。
「今日もお疲れ、結城さん」
相沢くんはペンタブ片手に人懐こい笑みを浮かべ、
「よお」
その隣に座ってノートパソコンのキーボードを叩く北原くんは最近、ようやくあたしと目を合わせてくれるようになった。
「……ども」
七河先輩は、相変わらず蚊の鳴くような声だ。
この人が演劇部員だなんて未だに信じられない。文芸部をかけ持ちするだけあって本は好きらしく、いつも何がしかの本を読んでいる。
あたしは一通りみんなと声をかけあった後、いつもの席に座った。最初に宮永くんが勧めてくれた、彼の隣の席だ。
けれど、あたしの隣に宮永くんの姿はない。陶芸部の活動日なのか、文芸部には来てないみたい。だから、今日はあたしを含めて七人での活動になる。
「よく来たね、結城くん! いや、本当に結城くんが我が文芸部に入部してくれるなんて……これは欣喜雀躍ものだな!」
部長の細田先輩は拳を振り上げて熱く語るものの、あたしは首を傾げてしまう。
「き……きん……? ジャク……?」
するとパソコンを操作している宝生さんが、さっそく意味を調べてくれた。
「ええーと……雀のように躍り上がり、飛び跳ねて喜ぶこと……だって。ちょっと部長、フツーの日本語話してくださいよ!」
「何を言うんだ、宝生くん! 今のはれっきとした日本語だぞ!」
「はいはい。これだから本読みは、すぐ難しい言葉を使いたがるんだから」
宝生さんはぶつくさ言って、シルバーの眼鏡を押し上げると、再びパソコンでの執筆作業に戻る。
その隣に座る天羽さんが、あたしに声をかけてきた。ちなみに天羽さんは、今日もピンクの可愛いブックカバーがついた文庫本を読んでいる。
「結城さんは今日、何をするの?」
「次に描く漫画の勉強もかねて、クラブ活動を題材にした青春小説を何冊か読んでみようかと思って」
あたしは昼休憩の間に、図書館から青春小説を五冊ほど借りてきていた。そのうち三冊は宮永くんのおすすめ。残りの二冊はあたしがネットを調べて興味を引かれた小説だ。
その会話を聞いていたのか、北原くんがノートパソコンのキーボードを打つ手を止めて言った。
「青春小説か。青春小説はいいぞ! ちなみに俺のおすすめは……」
ところが北原くんの真向かいに座る宝生さんが、パソコンのディスプレイ越しに呆れたように遮る。
「やめときなよ、北原。あんたのおすすめってラノベばっかじゃん」
「なっ……ラノベの何が悪い!? むしろ青春ものこそラノベの専売特許だろ!」
「そりゃ昔はそうだったかもしれないけどさ。今のニーズを見てみなよ。どこもかしこもおっさん向けのラブコメばっかじゃん」
「決めつけるなよ! ひと口にラブコメといってもいろいろあって……少しずつテイストやターゲット層が違うんだ!! 中高年を狙った作品もあれば、若い読者層を意識した作品だってある! まあ……WEBの奴らには一般市場のことなんか分からないだろうけどな!」
二人は熱い応酬を繰り広げているけれど、あたしには何のことだかさっぱりだ。
それに気づいたのか、天羽さんが宝生さんと北原くんをたしなめる。
「もー、やめなよ二人とも! ……ごめんね、北原くんはラノベ作家志望で公募中心なのに対し、花菜ちゃんはWEBで小説を掲載してるから、何かと折り合いが悪いんだ」
「え……宝生さん、WEB小説を書いてるの!?」
あたしが目を丸くすると、天羽さんは自分のことみたいに嬉しそうに頷いた。
「そうなの。しかも10万ポイント以上を獲得している人気作を三作も同時に書いてるんだよ!」
「10万……? えっと……それってすごい事なの?」
「めっちゃすごいよ! おまけにジャンルも異世界転生・ハイファンタジー・異世界恋愛とばらばらだし!」
つまり宝生さんはいろんなジャンルの小説を書いていて、どれも大人気なのだろう。
確かに漫画に置き換えてみると、すごい事だと思う。ファンタジー漫画とバトル漫画、恋愛漫画を描き分けて、しかも全てヒットさせるようなものだろうから。
「ふん! WEB小説なんて、テンプレさえ抑えときゃ誰だって高ポイント取れるだろ……!」
WEB小説に批判的な北原くんに、相沢くんが横から反論する。
「慶、それは認識が甘いよ。WEBだって現実と変わらない熾烈な競争社会なんだから。そこで結果を出している宝生さんは本当に実力があるんだよ」
「大海、テメーどっちの味方なんだ!?」
「いや、敵とか味方とかじゃなく、僕は客観的な意見を言ったまでなんだけど……」
すっかりご機嫌ナナメになってしまった北原くんと、困ったように頭を掻く相沢くん。
二人を尻目に天羽さんはスマホを取り出した。彼女が開いたのは、有名な小説投稿サイトのランキングページだ。
「それでね、花菜の連載の中で私が一番好きなのは、この『悪役令嬢に転生したので闇落ち王子を救います』って作品なの!」
「いわゆる悪役令嬢ものだね。最近コミカライズも増えてるもんね」
天羽さんに勧められて、あたしはランキング入りしている宝生さんの小説、『悪役令嬢に転生したので闇落ち王子を救います』のあらすじを読んでみた。
――ブラック企業に勤めるOL、久瀬真彩はある日過労で倒れ、気づいたら異世界に転生していた。そこはかつて自分がプレイしていた乙女ゲーム、『ランロルフォン王国物語~公爵令嬢と六人の王子さま~』の中だった。
その題名の通り、ゲームの舞台はランロルフォンというヨーロッパ風の王国。
その王国には七人の王子がいるのだが、ある日、第二王子が謀反を起こして父である国王を殺害し、王国の崩壊を企む。
ゲームのヒロインである公爵令嬢・シャルロットは、ゲームの攻略キャラである王子たち――悪役の第二王子以外の六人の王子のいずれかと絆を深め、王国の崩壊を阻止する。それが『ランロルフォン王国物語~公爵令嬢と六人の王子さま~』の大まかなあらすじだ。
しかし、真彩が転生したのは主人公のシャルロットではなく、あろうことか第二王子の許嫁で、彼と共に王国を崩壊させる悪役令嬢のアンジェリクだった。
アンジェリクの父親は前国王には重用されていたものの、現国王からは軽んじられ、閑職に追いやられてしまう。そのせいで一族は落ちぶれ、没落寸前までに陥っていた。
しかも前国王に重用されていたことを妬んだ現国王派の貴族からひどい陰口を叩かれたり、いわれのない流言を広められたり、アンジェリクは貴族社会で肩身の狭い思いをしていた。
ゲームの設定では、彼女はそのひどい仕打ちを根に持ち、第二王子と共に王国崩壊を目論むこととなる。
とはいえ、第二王子によって王国が崩壊してしまったら、もちろん物語はバッドエンド。アンジェリクは第二王子に利用されるだけ利用された挙句、最後には殺されてしまうのだ。「お前はもう用済みだ」と。
その事を知っている真彩はとりあえず、第二王子以外の王子と主人公・シャルロットが協力して第二王子の謀反を止め、王国が崩壊しないトゥルーエンドを目指すことにする。そして主人公・シャルロットたちの活躍を裏から支えつつ、アンジェリク自身も殺されない方法を探るのだった。
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