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しかし、そこで一つ問題があった。シャルロットが他の王子と結ばれるルートはエンディングこそハッピーだが、その過程でたくさんの民衆が死んだり、王城が焼け落ちたりと、波乱万丈の展開が続く。
ゲームのシナリオとしては面白いけど、犠牲が出れば出るほど悪役であるアンジェリカはその責任を問われ、裁判にかけられたり、投獄されたりと、さんざんな目に遭うのだ。
そこで真彩は乙女ゲームの知識を駆使し、自らは表立って動くことなく、あくまで悪役令嬢を演じながら、その裏で主人公・シャルロットや王子たちに根回ししつつ、大きな事件やトラブルを未然に防いでいく。
最初は順調に思えた『ストーリー攻略』だが、難易度がハードモードに設定されているらしく、何度やっても王国は滅亡してしまう。どれだけ手を回して犠牲を最小限にしても、必ずどこかでほころびが生じてしまうのだ。
そして最後には第二王子がランロルフォン王国を滅ぼし、結果的にアンジェリクは処刑されたり、牢獄で餓死してしまう。
そのたびに『ニューゲーム』に戻ってしまうのだ。このままでは永遠に同じことの繰り返しだ。しかもアンジェリクの最期はどれも壮絶すぎて、何度も体験するなんて精神が耐えられない。
そこでアンジェリクは新たな手に打って出ることを思いつく。元凶である第二王子を攻略し、彼の裏切りと謀反――つまり闇落ちを回避すればいいと。
しかし、そのシナリオはゲームには存在しない、ゲームで得た知識がまったく通用しないルートだった。
アンジェリクに転生した真彩の奮闘やいかに――……!?
「お……面白い……!」
あらすじだけのつもりが、気づけば本編も読んでいた。ほとんどがセリフで、地の文は最低限なんだけど、アンジェリクのキャラが立っているから、ぐいぐい読み進められる。七人の王子たちも、アグレッシブな彼女に負けないくらい魅力的だ。
おまけに展開も早く、気になる謎もどんどん出てきて、スマホの画面をスクロールする手が止められない。
最初は悪役令嬢と虐げられていたアンジェリクだが、知恵と勇気を駆使して王国の滅亡を回避すべく駆け回る。そんな彼女に王子たちや貴族たちは心を動かされ、アンジェリクは次第に彼らの信頼を得るようになるのだ。
そのあたりのカタルシスもしっかりしていて、読んでいて楽しい。感想欄にもたくさんコメントが並んでいて、すごく人気があるみたいだ。
天羽さんは興奮気味に身を乗り出す。
「ね、面白いでしょ? 『闇落ち王子』の王子たちはみんな魅力的なんだけど、特に第二王子が素敵なんだよね。最初はただの悪役かと思いきや、深い過去があったり、彼なりの信念があったり。ゲームではいい父親として描かれていた国王が、陰では悪事に手を染めていて、それを知ってしまった第二王子は国王を止めようと孤軍奮闘していたの」
★
「最終的には七人の王子は和解して国王に立ち向かっていくんだけど、その王子たちの仲を取り持つのがアンジェリクなの。ラブコメ要素もあって、普段は冷徹な第二王子が、他の王子と親しくなるアンジェリクを見て嫉妬するところとか、すっごい盛り上がるんだよね~!」
「確かに謎がありつつ……展開も面白くて、恋愛要素もある。同じ高校一年生が描いた小説だとは思えない……!」
その娯楽としての完成度の高さに、あたしは半ば愕然としつつ、つぶやいた。
すると宝生さんは少しはにかんで、細い眼鏡のフレームを押し上げた。
「あたし、小学生の頃からWEB小説、読みまくってたんだよね。この界隈のことはよく知ってるし、人気のテンプレも、そのテンプレがどういう流れで派生してきたかも把握してる。どんな設定やキャラが好まれるのか、今の流行も熟知してるしね。ただそれだけ」
「でも宝生さん、出版社から書籍化の打診がいくつか来たんでしょ?」
相沢くんの言葉を聞いて、あたしはさらに目を丸くした。
「え、そうなの!?」
書籍化したらプロデビューだ。そんな人が自分の身近にいるなんて信じられない。
けれど、宝生さんの反応は鈍かった。
「まあ……今のところ全部断ってるけどね」
「何で!? もったいない!!」
「うち、親が厳しくてさ。WEBで小説書いてること知られたくないんだよね。だから書籍デビューは卒業まで待つつもり。今は新作を含めて、ひたすら小説を書き溜めてるんだ。その時が来たら思う存分、出版できるように」
「でも人気だっていつまで続くか分かんないじゃん! 高校を卒業するまで出版社の人が覚えていてくれるか分からないし。せっかくのチャンスなのに……!」
納得がいかないあたしに、天羽さんが教えてくれる。
「花菜のご両親、アニメとかゲームとか漫画とかラノベ……いわゆるサブカルチャーが大嫌いなんだって。だから花菜がWEB小説が好きなことも認めてないの。それで何度も親子で大喧嘩したんだって」
「そんな……!」
あたしは絶句するしかなかった。
家族が自分の夢に否定的なケースが存在するなんて思いもしなかった。
ウチは、ばあちゃんはもちろん立夏や晴夏も、あたしが漫画を描くことを応援してくれている。そりゃ漫画のために学業をおろそかにしたり、手伝いを怠けたりしたら怒られるけど、やるべきことをしていたら干渉されることはない。
だから、それが当たり前だと思ってた。
(今まで意識してなかったけど、家族が夢を応援してくれる環境って、すごく恵まれているのかも……)
宝生さんは、あたし以上にやるべきことはやっているだろうし、学校の成績だってそんなに悪くない。それでも宝生さんの両親は、彼女がWEB小説を書くことに反対しているのだ。
だから宝生さんはプロデビューできる実力と才能があるのに、今は眠らせておくしかない。次々とデビューしていくライバルの姿を見せつけられても、ただ指をくわえて眺めているしかないのだ。
それがどれだけ悔しいか。どんなに歯痒くてたまらないか。彼女の心境を想像すると、胸が張り裂けそうだった。
(宝生さん、辛いだろうな……。だって部活の先輩に夢を馬鹿にされるのも辛いのに、家族からも否定されるなんて。あたしは実力が足りなくてデビューできないだけだけど、宝生さんは実力があって人気もあるのに、家庭の事情でプロデビューできないんだもんね……)
親の意向など無視してデビューする選択肢もあるけど、高校生のあたし達にとって、親を無視して行動するのはいろいろと困難を伴う。
だから宝生さんも高校を卒業した後で、書籍デビューしようと考えているのだろう。
宝生さんのプロデビューが上手くいけばいいなと思う一方で、改めて思い知らされる。
夢を叶えるって本当に大変なことなんだ。
理解されない。支持されない。それどころか頭ごなしに否定されるのなんて当たり前。
だからと言って不貞腐れ、夢をあきめたらそこで終わり。時間が無くても、環境が悪くても、自力で解決しなければスタートラインにすら立てないのだ。
自分の信念を貫き通すためには、体力と持久力、生き残るための戦略性、環境に適応できる柔軟性、何ものにも屈しない強い精神力を求められる。
そうやって生活のすべてを捧げたとしても、必ずしも成功するわけじゃない。失敗したら、その後始末も自分で全てしなければならないのだ。
夢を叶えるって、口で言うのは簡単だけど、決してきれいごとじゃない。
泥の中を這って進む、いばらの道なんだ。
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