第十八話 文芸部員の事情②

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第十八話 文芸部員の事情②

 一方、ラノベ作家志望の北原(きたはら)くんはぼそりと口にした。 「まあWEBで人気あるからって、書籍でも売れるとは限らねーけどな。WEBは無料であってこそ価値があるんだっつーの」  すると宝生(ほうしょう)さんは、パソコン越しに冷ややかな一瞥(いちべつ)をくれる。 「はいはい、嫉妬、嫉妬。そーいうセリフは、せめて同じ土俵(どひょう)に立ってから言えば?」 「うっせ、誰もお前に嫉妬なんかしてねーよ!」 「嫉妬はしてないかもしれないけど、めちゃくちゃライバル視はしてるよね」  相沢(あいざわ)くんが横から突っ込むと、北原くんは余計に憤慨(ふんがい)して声を荒げた。 「だからライバル視もしてねーっつの! 誰があんなポイント至上主義者……数字という悪魔に魂を売り払っているとしか思えんわ! 小説の価値ってのはな、そんな数字ごときで軽々しく計れるもんじゃねーんだよ!」 「この資本主義の世の中で、なに寝ぼけたこと言ってんの? 出版会社だって事業である以上、数字(結果)がすべてなのは当たり前でしょ! 前時代的すぎるっての。明治や大正の文豪(ぶんごう)気取りか!」 「まあまあ、いいじゃない。何に重きを置くかなんて人それぞれでさ」  相沢くんはのんびりした口調で笑う。  バチバチと睨み合っていた宝生さんと北原くんはそれに毒気を抜かれたのか、いがみ合いをやめて、それぞれの作業に戻ってゆく。  相沢くんは、すごく気が利く人だ。こういうところ、ちょっと晴夏(はるか)に似てる。それにセンスがいい。持ち物や文房具、インナーのTシャツとか、さり気なくおしゃれを取り入れている。相沢くんは絵を描くみたいだから、その影響だろうか。  今日も液晶タブレットを部室に持ち込んで、何か描いてるみたい。あたしは相沢くんに声をかけてみた。 「相沢くんは何してるの? それ……イラスト?」 「ああ、うん。これはツイッターに上げる宣伝用なんだ」  そう言って相沢くんはタブレットの絵を見せてくれる。 「うっわ……すごい! 神絵師!!」   「相沢くんの絵、可愛いよね~!」と天羽(あもう)さんも頷く。 「いや~、僕なんてまだまだだよ」  そう言って相沢くんは恥ずかしそうに手を振る。 「キャラ絵っていうんだっけ、こういうの」  あたしの描く漫画の絵と似ているけど、相沢くんのイラストは彩色してあったり、細かな描き込みがしてあったりと微妙に違うのだ。 「まあね。他にもいろいろ描くよ」  そう言って相沢くんは液晶タブレットを操作し、他の絵も見せてくれた。  アニメみたいなキャラ絵からリアルで写実性の高い絵、ファッション誌の挿絵になりそうなオシャレな絵と実にさまざまだ。人物だけでなく、風景画や静物画、クロッキーやデッサンみたいな絵もある。 「……きれい! 絵によって全然テイストが違うんだね」 「イラストの世界も流行り廃りのサイクルが早いからね。いろんな絵が描けたほうがいいかなと思って」  相沢くんはイラストの世界のことを、あたしにも分かるように説明してくれる。 「イラストの世界もね、変化が激しいんだ。昔はアプリゲームのイラストの下請けが人気だったけど、今は実況でスパチャや投げ銭で稼ぐ人も増えてて、絵が上手いだけじゃやっていけないみたい。じゃあクオリティーを追求しようとしたって、トップクラスの絵師(イラストレーター)だと描き込みや作り込みが半端ないから、ちょっとやそっとじゃ太刀打ちできないしね。どんな路線で勝負するにしても厳しいんだ」 「そうなんだ……」  イラストの世界と漫画の世界は少し違う。イラストレーターが漫画を描くこともあるから、全く違うわけじゃないけど、あたしにとって相沢くんの話は初めて聞くことばかりだ。  イラストはパソコンや作画機器の発達によって格段に表現がしやすくなり、発表の場も増えた。そうなると必然的にイラストレーターの数も増える。それに比例して競争も激しくなるのは、どの世界も同じなのかもしれない。 「相沢くんならいけるよ! だってこんなに上手なんだから」 「はは、ありがと」  相沢くんはそう言って大らかに笑う。 (ジャンルはバラバラだけど、みんな努力してるんだ……あたしも頑張らなきゃ!)  あたしが漫画の勉強のために借りてきた文庫本を手に取ったところ、斜め前に座る天羽さんが悩ましげに「はあ……」と溜め息をついた。 「いいよねー、みんな創作能力が溢れてて。私も何かしたいなー」 「天羽さんは小説を書いたりしないの?」  あたしが尋ねると、天羽さんは小さく肩を竦める。 「うーん、私は読むだけでいいかな。私、恋愛小説を読むのは好きだけど、いざ自分で書くとなると、こう……恥ずかしくなっちゃう」  その意見にはあたしも大賛成だ。 「それすっごく分かる! 漫画でキスシーンを描く時とか、めっちゃ照れるもん!」  しかもキスシーンって絵にするのはけっこう難しい。ただ上手に描けばいいだけじゃなくて、いいカンジの雰囲気で盛り上げなきゃいけないしね。  それを聞いていた北原くんは、パソコンの陰に隠れて非難の声を上げるのだった。 「き、キスだと!? 不純異性交遊(ふじゅんいせいこうゆう)だ! ハレンチだ!!」  耳まで真っ赤にする北原(きたはら)くんに、宝生(ほうしょう)さんが呆れたように突っ込む。 「何言ってるんだか。キスの一つでもしなきゃ盛り上がんないでしょーよ、ストーリーが」 「だからこその鈍感主人公だろ! 鈍感は最高だぞ! 鈍感主人公はすべてを解決する!!」 「いやあ……ラノベでもそこまではなかなかないと思うけど……」  鼻息あらく鈍感主人公の素晴らしさを語る北原くんに、相沢くんは苦笑している。それに「うんうん」と力強く頷くのは細田先輩だ。 「うむ、いいじゃないか! 愛は文学の基本だ! キスは文学において何ら恥ずかしい行為ではない!!」  拳を振り上げ、はっきりきっぱり言い切る細田先輩に宝生さんは半眼になる。 「……。細田先輩に熱弁(ねつべん)を振るわれると、逆にクソ恥ずいんですけど」  宝生さんの言いたいことはよく分かる。細田先輩のテンションは体育会系なのだ。熱血漢(ねっけつかん)なのは悪いことじゃないけど、ノリが文芸部員っぽくない。そう思うのは、あたしの偏見(へんけん)だろうか? 「ところで細田先輩は何を読んでるんですか?」  あたしは細田先輩に尋ねた。文芸部の部長を務めるだけあって、いつも熱心に本を読んでいる。手元の文庫本にはラベルがついているから、図書室の蔵書を借りたのだろう。  細田先輩はあたしを見ると、いやにきりっとした表情で答えた。 「志賀直哉(しがなおや)の『暗夜行路(あんやこうろ)』さ。僕は純文学を好んで読んでいるんだ!」 「純文学? 細田先輩、純文学を読むんですか!?」  衝撃を受けるあたしに、細田先輩はニカッと笑う。 「大抵(たいてい)のジャンルは読むけど、純文学が一番好きだね」 「意外です……。純文学から一番遠いところにいそうなのに……」 「だからだよ。未知の世界って惹かれるだろう?」 「なるほど……」  つまり細田先輩は、純文学に共感しているわけではなく、自分の理解を超えた世界として楽しんでいるのだろう。細田先輩らしくてちょっと笑ってしまった。それはそれで風変りな人だと思うけど。 「ちなみに七河(ななかわ)はかなりのミステリー好きだぞ!」  細田先輩は隣に座る七河先輩を指して言う。 (あ、それは何か納得……)  気難しそうで天才肌、というイメージの七河先輩は、確かにミステリーと相性が良さそうだ。
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