第十八話 文芸部員の事情②

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 七河(ななかわ)先輩とはあまり話したことがないけど、せっかくなので話を振ってみる。 「あの……どうして七河先輩はミステリーが好きなんですか?」  七河先輩は小さな声でボソボソ言う。 「……。ミステリーは理論によって構築されている。キャラも謎も舞台も展開もすべて計算づくだ。そこが好きなんだ……演劇の世界と似ているから」  そういえば、七河先輩は演劇部と文芸部をかけ持ちしてると聞いた覚えがある。 「演劇ってあたしのイメージでは、理論とか計算とかあまり関係なさそうですけど……よく『役になりきる』とか『憑依(ひょうい)する』とか聞くし」  あたしが何とはなしに疑問を口にすると、七河先輩は突然、長い前髪の向こうで瞳を光らせた。 「……与えられた役を解釈(かいしゃく)し、なりきることは誰にだってできる。肝心なのは、どのように観客に伝えるかだ。声音、発声量、仕草、目線……的確な表現が、的確に観客へと伝わらなければ意味がない。舞台演出や照明、音響といった要素を組み合わせ、みなで何度も練習を重ねて『精度』を高め、すべてが上手くはまった時に初めて舞台は面白くなる」 「な、なるほど……」  意外とよく通る声。これだけ一気に喋っているのに滑舌(かつぜつ)もいいし、発音も完璧。七河先輩の演劇部員としての実力の片鱗(へんりん)垣間(かいま)見えて、あたしは圧倒されてしまう。 「演劇における表現とは、いかに観客へ情報を伝えるかだ。そこが演劇とミステリーとが似ていると感じる所以(ゆえん)だ。ミステリーも伏線の張り方や情報開示の順序などが面白さに繋がってくるだろ? ミステリーに偶然は存在しない。物語の中の出来事は、すべて緻密に計算され、周到に用意されたものなんだ」  さっきまで何も言わず、岩みたいに座っているだけだった先輩が怒涛(どとう)のごとく喋り出したので、どうしても感心よりも驚きのほうが勝ってしまう。  それは文芸部員のみんなも同じみたいで、いつしか部室は静まり返っていた。みなの視線が七河先輩に集中している。それに気づきたのか、先輩は(ひる)んだ様子を見せる。 「……何だ?」 「いえ……七河先輩って演劇のことになると、途端に饒舌(じょうぜつ)になりますよね。本当に演劇が好きなんですねえ」 「……」  天羽(あもう)さんが感嘆まじりに言うと、七河先輩は何故だか微妙な表情になり、黙りこくって岩に戻ってしまった。さっきまでの饒舌(じょうぜつ)ぶりは何だったんだろう。そう首を傾げてしまうほどの変貌(へんぼう)ぶりだ。  北原くんは遠慮がちに口を開く。 「そんなに演劇が好きなら、演劇部に顔を出したほうがよくないっスか?」  すると細田先輩が熱い口調で北原くんの肩を叩くのだった。 「まあまあそう言うな、北原! 七河とも仲良くしてやってくれ!」 「いや……別にそういうつもりじゃないっスけど」  何やら七河先輩にも事情がありそうだ。 「それにな……七河が文芸部を抜けたら部の存続が危うくなるだけで、何も良いことはないぞ。我が星蘭高校では、部として認められるための人数は八人。文芸部は宮永を含めて八人ぎりぎりだからな。一人たりとも欠けるわけにはいかないんだ!」  細田先輩は腕組みをしたまま溜め息をついた。いくら精力的に活動していても、部員が少ないと、それだけで弊害(へいがい)が出てしまう。 「そういえば宮永くんも同じことを言ってたっけ……」  あたしがつぶやくと、天羽さんと宝生さんは嬉しそうに身を乗り出した。 「ほんと、結城さんが来てくれて良かったよー! 私たちも新入部員の勧誘を頑張ったんだけど、あんまり興味を持ってもらえなくて、諦めかけてたとこだったんだー」 「私たちも新入部員だし、説得力が足りなかったのかもね。ただでさえ文芸部ってこう……地味なイメージだし」  あたしも星蘭に文芸部があることを、最近になるまで知らなかった。地味とかいうレベルではなく、文芸部の知名度は無いに等しい。 「文芸部の予算を確保することを考えると、もう少し部員がいてくれると助かるんだがなあ……」  細田先輩は再び溜め息をつく。現状を考えると、新たな部員を確保するのは難しい気がした。入学式から二ヶ月が経ち、ほとんどの生徒は部活を決めているだろうし、この時期に入部を決めていない生徒は、部活動そのものに興味がなさそうだ。 「予算が少なくても別にいいじゃないっスか。うちは文芸部で、本さえあれば活動できるでしょ。バットやボール、楽器や絵の具が必要ってワケでもないし」  両腕を広げて肩をすくめる北原くんに、宝生さんは舌打ちをした。 「何言ってんの。文集を作るのに部費がいるんだよ、この経済オンチ」 「うっせえ! わざわざ印刷じゃなくても、電子で十分だろ!」  天羽さんは「そうかな?」とふんわり微笑む。 「私はやっぱり文集は紙がいいな。手元に残るし、製本作業だって楽しみだし……何よりみんなで頑張ったっていう思い出が残るでしょ?」 「それ! あたしも漫画はコミックス派だから分かる!」 「だよね~!」 「私はどっちでもいいけどね」   あたしと天羽さんが盛り上がる一方で、宝生さんはクールに眼鏡を押し上げるのだった。  その日は結局、宮永くんは文芸部に来なかった。ひょっとしたら会えるかなと思ったんだけどな。 (陶芸部が忙しいのかな……ちょっと寂しいかも)  ついそんな事を考えてしまう自分に気づき、あたしはブンブンと頭を振る。  この間から何だか変だ。宮永くんのことを考えるとドキドキするし、これといった用事も無いのに、無性に会いたくなっちゃう。 (明日になったらきっと会えるし、宮永くんだって陶芸部で頑張っているんだから……あたしはあたしで頑張らなきゃ!)  あたしはそう切り替え、読書に集中することにした。と言っても、あまり本を読んでこなかったこともあって、あたしの読書スピードは遅い。一日あたり四分の一くらいしか読み進められない。  天羽さんや細田先輩、七河先輩はページをめくるの早いのに。これも経験の差だろうか。  ……ちょっとヘコむ。  その一方で漫画制作のほうは好調だった。テンプレじゃない漫画は慣れないし、既定のページ数にまとめるのが大変だけど、やりがいがあるし、何よりキャラクターに愛着が持てる。  テンプレにはテンプレの良いところがあるけれど、別の事をやってみると、気づかされることがたくさんある。  今描いてる漫画を完成させても、受賞できるかどうか分からないし、結果には結びつかないかもしれない。それでも、挑戦して良かったと思える気がする。  あたしはその日も夜遅くまで、漫画のネームづくりに集中したのだった。
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