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第十九話 新入部員ゲット
翌日の5・6時限目は体育だった。
体育は正直言ってちょっと苦手。あたしたち三つ子は運動がそれほど得意じゃない。立夏は球技全般がからっきしだし、晴夏も徒競走はいつも最後の方だ。あたしは二人よりは若干マシだけど……まあ、どっこいどっこい。
でも、授業だから仕方ない。
その日の体育は隣のクラスとの合同授業だった。五人づつチーム分けをし、リーグ形式でバスケットボールの試合を行うのだが、ひとクラスだと三チームしかできず、リーグ戦も盛り上がらないから合同授業になったのだろう。
あたしが試合を終えて体育館の端で休憩していると、二人組の女子生徒が近づいてきた。
「結城さん」
「久しぶりだね」
「小坂さん、村瀬さん……」
小坂さんと村瀬さんは漫研の部員だ。あたしが西田先輩と衝突して画材をぶちまけられた時、一緒に拾ってくれたのを覚えている。
小坂さんは肩の長さの髪を二つに分けて結んでいて、村瀬さんの髪はベリーショート。一見すると凸凹コンビって感じだけど、部活以外でも一緒にいるくらい二人は仲が良い。
クラスが違うから普段は顔を合わせる機会がないけど、今日は合同授業だから一緒になったのだ。
(ま、マジ……? どうしよう……)
あたしは思わず顔が引きつってしまう。小坂さんや村瀬さんと話すのは、漫研をやめてからこれが初めてだ。だけど、あんな形で漫研をやめてしまった手前、気まずくて仕方がない。
(あんなに迷惑をかけたんだから、二人ともあたしのこと恨んでるだろうな。もしかしたら呆れ返っているかも……)
でも、漫研のことに言及しないなんて、それこそ不自然だ。笑ってお茶を濁すこともできなくはないけど……そこまで卑屈になりたくない。
それにあたしが感じている気まずさは、きっと小坂さんや村瀬さんも感じてるはず。だから、あたしは勇気を出して、自分から漫研の話を切り出した。
「えと……漫研、楽しくやってる? ごめんね、あたしのせいで何かゴタゴタしちゃって。せっかくのクラブ活動なのに、空気悪くしちゃったよね」
すると二人は互いに顔を見合わせた後、順に口を開く。
「あのね……実は私たちも漫研に入るのやめたんだ」
「え……?」
「先輩たちのやり方にはうちらも納得できなかったし……漫画だって描けそうにないし。無理に入部していじめられるのも嫌だったから、二人で相談して入部を取りやめたんだ」
「そうだったんだ……」
あれから漫研には一度も行ってないから、そんなことになってたなんて知らなかった。でも、それが賢明だと思う。真面目に活動している新入部員が先輩にいびられる部活なんて、どう考えてもまともじゃない。
そう思っていると、小坂さんがおずおずと切り出す。
「……それでね、私たちずっとあの時のこと気になってたんだ」
「あの時って?」
すると今度は村瀬さんが口を開く。
「結城さん、西田先輩にいじめられていたのに……何もできなくてごめんね。結城さんを庇ったら、うちらも目をつけられるんじゃないかって怖くて……。結城さん、あんなに熱心だったのに。本当は漫研、続けたかったんでしょ?」
「結城さんが漫研をやめたって聞いた時、あたし達すごく後悔したの。今更かもしれないけど……本当にごめんね」
村瀬さんも小坂さんも、とても申し訳なさそうに謝る。まさか謝られるなんて思いもしなかったあたしは、慌てて両手を振る。
「い……いいよ、謝らなくて。あたしもちょっと意地になってたし、小坂さんや村瀬さんは何も悪くないもん。でも……ありがと。少し心が軽くなった」
小坂さんや村瀬さんは、ようやく胸のつかえが取れたのか、ほっとする。あたしが漫研を去った後も、ずっと気にかけてくれたんだ。それがすごく嬉しかった。漫研で西田先輩たちと対立していた時は、一人ぼっちのような気がして苦しかったけれど、ちゃんと心配してくれる人はいたんだ。
「それじゃ、村瀬さんと小坂さんはどこの部活に入ることにしたの?」
あたしの質問に、小坂さんと村瀬さんは再び顔を見合わせる。
「それが……ちょっと悩んでるんだ」
「結城さんもそうだと思うけど、うちらも漫研に憧れて星蘭に入ったから、なかなか気持ちが切り替えられなくてさ」
「美術部も考えたんだけど、ちょっとハードルが高いんだよね。星蘭の美術部は美大や芸大を目指してる子が集まってるから……。せっかくの高校生活だから、何かしたいっていう気持ちはあるんだけど」
部活動をしたくないわけではないけど、どの部に入るか決めかねているのだろう。ちょうど少し前のあたしみたいに。
「結城さんは? どのクラブに入ったの?」
あたしが「文芸部だよ」と答えると、村瀬さんと小坂さんは揃って目を丸くする。
「文芸……小説に転向するの!?」
あたしは慌てて手を振る。
「そうじゃないよ。漫画家志望でも文芸部に入部していいって言われたの。部長が『漫画も広義の意味での文学だと思う』って!」
「へえ……そうなんだ」
「星蘭に文芸部があるなんて知らなかった」
小坂さんと村瀬さんも文芸部の存在は知らなかったみたい。部員の少ない部だし、部室も狭くて辺鄙なところにあるし、あたしも知らなかったくらいだから仕方ないけど。
(小坂さんも村瀬さんも部活が決まってないんだ。あれ……これってチャンスじゃない? 細田部長も部員が増えたほうがいいって言ってたし)
二人を文芸部に誘ってみたらどうだろう?
思い立ったら即行動があたしのモットーだ。
「ねえ、小坂さん、村瀬さん。文芸部に見学に来てみない?」
「えっ……」
「でも……うち小説はあまり詳しくないしさ」
「大丈夫だよ。あたしも全っ然詳しくないから。文芸部は部員それぞれがいろんな活動をしてるんだ。漫研そのまんまの活動は無理だけど、漫画は描けるよ!」
あたしは説明を続ける。確かに部室は狭いし、部員も八人と少ないけれど、漫研のようなトラブルはなくて、みな真面目に活動していること。だけど目立たなくて認知度の低い部活だから、部員の確保に苦労していること。
そして、できたら見学だけでも来てほしいと頼み込む。小坂さんと村瀬さんは迷ったものの、最終的には了承してくれた。
「分かったよ。見学だけでもいいなら……ねえ?」
「結城さんがそこまで言うなら、行ってみよっか」
「ありがとう! 文芸部のみんな、きっと喜ぶよ!!」
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