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放課後、あたしが小坂さんと村瀬さんを連れて部室に向かうと、文芸部のみんなが大喜びしたのは言うまでもない。
その日は宮永くんも来ていて、部員全員が揃っていた。小坂さんや村瀬さんを紹介するにはうってつけの日だ。
最初に喜びの声を上げたのは、ぽっちゃり系オシャレ男子、相沢くんだ。
「うわー、二人も見学希望者が来てくれるなんて信じられない! さすが結城さん!」
「ほんと、どっかの陰キャとは雲泥の差だな。ねえ、北原?」
「うっせえ、それを言うなら宝生だって一人も見学者を連れて来なかっただろーが!」
「もう、二人とも静かに! ごめんねー、これは喧嘩してるわけじゃなくて、単に仲が良いだけだから」
パソコン越しにいつもの応酬を始めた北原くんと宝生さんを、天羽さんがたしなめるまでがワンセットだ。
「ちげーわ!!」
「ちょっと、梢! 気味の悪いこと言わないでよ!」
あたしは改めて小坂さんと村瀬さんを文芸部のみんなに紹介する。
「小坂さんと村瀬さんも漫研の入部希望者だったの。でも……漫研はあの通りだから、入部は諦めたんだって」
「……そうなんだ。結城さんと同じだね」
宮永くんの言葉に、あたしも頷く。
「だから何だか放っておけなくて……文芸部を連れて来たんだ」
もっとも二人は見学希望者であって、文芸部への入部を決めたわけではない。小坂さんと村瀬さんが文芸部に入るかどうかは、本人の気持ち次第だ。
村瀬さんと小坂さんは不安を隠しきれない顔で、それぞれ質問を口にした。
「あの……うちら文学とか本とかほとんど読んだことが無いし、何を読んだらいいかも分からないんですけど、それでも大丈夫ですか?」
「漫画なら少しは描けるけど、作文とか俳句とかは自信が無いなあ。読書感想文も苦手だし……それでも文芸部に入れますか?」
すると細田先輩は、きりっとした表情で受け容れるのだった。
「うん、大丈夫じゃないかな」
「ほ、ホントですか!?」
「僕自身は文学が好きだが、そうでない人がいることも知っている。好きな人しか立ち入れないようにしてしまったら、そのジャンルは瞬く間に衰退してしまう。たとえ未経験者であっても、文芸部に興味があるなら大歓迎さ!」
細田先輩の言葉はさらに熱を帯びる。
「僕が思うに、文学とは狭い井戸の中で一握りの人間によって高尚だと持ち上げられる空虚な偶像ではなく、もっと広大な世界の根底に息づいている母なる海のような存在だと思うんだ! 漫画も文学の一形態だと思うし、映画やゲームだって広義の意味では文学だ! そう、この世の全ては文学なんだよ!!」
「え……えっと……?」
細田先輩が何を言っているのか分からないのか、村瀬さんと小坂さんは顔に疑問符を浮かべている。そう言うあたしも、完全に理解しているわけじゃないけど。
「要するに、ウチの部は漫画もオッケーってこと」
宝生さんが肩を竦め、細田部長の言葉を要約すると、小坂さんと村瀬さんもようやく安堵する。文章を書くのが苦手でも、文芸部に入っていいんだ。そんな二人の気持ちは分かる気がする。
文章を書くって簡単なように見えるけど、意外と敷居が高い。書いたものを人に見せるとなれば、なおさらだ。誰にでも書けるからこそ良し悪しも分かりやすくて、逆にハードルが高くなってしまう。
少なくともあたしにとっては、漫画を描くより文章を書くほうがずっと難しい。だから、細田先輩の柔軟な対応には本当に感謝しかない。
「すまない、つい脱線してしまって……。是非、入部を検討してみてくれ。僕たちは君たち二人を歓迎するよ!」
細田先輩は熱く言って、小坂さんと村瀬さんをもてなした。
小坂さんと村瀬さんは最初こそ緊張していたけれど、すぐに文芸部の和気あいあいとした空気に馴染んだようだ。二人にとっては先輩が高圧的でないこと、あたしを含めて女子生徒がいること、そして漫画を描けることが大きかったらしい。
二人はその日のうちに文芸部への入部届を書き、職員室に提出した。
部活動を終えた後、あたしは宮永くんと一緒に校門へ向かう。
文芸部に入ってから漫画制作もうまく進みはじめたし、今日は新しい部員まで増えた。良いこと続きだと自然と足取りも軽くなるし、声も弾む。
「小坂さんと村瀬さん、文芸部に馴染めそうだね! 勇気を出して誘ってみて良かったよ」
「でも……本当に良かったの? 漫研の部員とはいろいろあったのに」
宮永くんはどことなく心配そうだ。
「あたしは全然平気だよ。あの二人もあたしと同じ、漫研の先輩の被害者だと思うし。あ……宮永くんは嫌だった?」
「そんなことないよ。部員が多いほうが活動も盛り上がるし、結城さんがいいなら構わないよ」
そう言って宮永くんは微笑んだ。
宮永くんに紹介されて文芸部に入ったあたしが、宮永くんに断りなく小坂さんや村瀬さんを連れてきてしまって、快く思ってなかったらどうしよう。そんな不安があったけど、完全に杞憂だったようだ。
(宮永くんって、こういうトコ、大人だなー。とても同い年とは思えない)
茜色がさす横顔を見つめていると、再びドキドキが襲ってくる。そういえば今は二人っきりだ。
昨日は宮永くんに会えなくて寂しかったから、そのぶん、ちょっと浮かれてたかもしれない。
ふと、自分がいつもどんな風に宮永くんに接していたのか、思い出せなくなる。
そう考えると、何だか急に緊張してきた。
でも、この緊張は宮永くんに知られたくない。緊張してるのが伝わって、気まずくなったりしたら絶対にイヤだから。
あたしは慌てて話題を探す。
「そういえば……陶芸部はどんな感じなの?」
「うーん、授業よりは実習が多いかな。焼成以外は一人きりでの手作業が多いから、文芸部みたいに和気あいあいと喋ったりすることもないよ。特に作業中は集中するしね」
「へえ……同じ部活でも全然、雰囲気が違うんだね」
「うちの陶芸部は初心者と経験者で全然活動内容が異なるから、それも影響しているのかもしれない」
「そっか、宮永くんは経験者だもんね!」
「そんな……僕なんてまだまだだよ」
そう言って笑う宮永くんの表情が一瞬、強張ったのを、あたしは見逃さなかった。純粋に褒めたつもりなのに、まるで傷つけてしまったような反応。
(あれ……? あたし、何か駄目なこと言ったかな……?)
あたしは自分の言葉を頭の中で反芻する。
そんな宮永くんを不愉快にするような事は言ってないつもりだけど……。
そういえば、以前も似たようなことがあった。あれは第三美術室で玄幽焼の話をしていた時のことだ。
あたしが宮永くんの器を褒めたら、宮永くんは何故だか急に元気がなくなってしまった。
たぶん、宮永くんは陶芸や玄幽焼のことが大好きな一方で、どこかわだかまりも抱えている。今回のこともそれと関係があるのだろうか。
「……結城さんは? 漫画の方はうまく進んでる?」
「あ……うん。少しずつだけど進んでるよ」
「すごく悩んでたみたいだから、僕は不必要にきついことを言ってしまったんじゃないかって、心配していたんだ」
以前、宮永くんに漫画の感想を求めたことだ。確かに宮永くんの感想は、あたしにとってなかなかに厳しいものだったけど、おかげで吹っ切れた部分もあるから、今ではとても感謝してる。
「全然、大丈夫。むしろタメになったと思ってるから、そこは気にしないで!」
「本当? 良かった……新作はどんな漫画を描いているの?」
思いがけない質問に、あたしはぎくりとしてしまう。
「え!? えっと……一応、学園ものかな。新しいことに挑戦して大変だけど、やりがいはあるよ」
「結城さんはスランプを脱したんだね。新作が完成したら、また読んでみたいな」
「ええ!? う、うん……考えとくね……」
まさか宮永くんをモデルに新作を描いているだなんて、本人を前に言えるわけがない。あたしは曖昧に笑ってその場を誤魔化したのだった。
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