第二十話 漫研の最後

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第二十話 漫研の最後

 文芸部に新たな部員、小坂(こさか)さんと村瀬(むらせ)さんが加わった。  細田(ほそだ)先輩が言うには、部員が増えたおかげで文芸部の予算もしっかり確保でき、文化祭の文集も去年と同じ規模で作れそうだという。  その上、部室もこれまでの倉庫同然の手狭な空き教室から、第二司書室(ししょしつ)に移動することが決まったのだ。  第二司書室はファイルや書類がぎゅうぎゅうに押し込まれた棚が無いせいか、元の空き教室にくらべると二倍近く広くなったように感じる。おまけに一時期は国語科の先生たちの準備室だったとかで、給湯器や冷蔵庫も完備だ。  さっそく文芸部のみんなで第二司書室に引っ越しをはじめ、待遇(たいぐう)の改善を喜び合った。  しかしその事が、大きなトラブルを呼び込むことになるのだった。  新生文芸部の活動が始まってちょうど三日目。  放課後になって文芸部に行くため教室を出たあたしは、廊下の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。  何事かと目を向けると、小坂(こさか)さんと村瀬(むらせ)さんが数人の二年生に囲まれているではないか。忘れたくても忘れられない、西田先輩とその取り巻きだ。  西田先輩はとげとげしい声で小坂さんや村瀬さんを責めて立てている。 「はあ!? 漫研に入るって言ったじゃん!」 「今さら何言ってんの!? ふざけんなよ!!」  そのセリフから、彼女たちが()めている原因について、すぐ察しがついた。西田先輩たちは小坂さんや村瀬さんが文芸部に入部したことをどこかしらで聞きつけ、それを邪魔しに来たのだ。  西田先輩たちとは二度と口をききたくないし、顔も見たくない。でも、小坂さんや村瀬さんを放っておくわけにもいかない。  あたしは足早に西田先輩たちに囲まれている小坂さんと村瀬さんへ近づいて声をかける。 「小坂さん、村瀬さん! 一緒に文芸部に行こ!」 「ゆ、結城さん……!」  すっかり脅え、目に涙を溜めて震えていた小坂さんと村瀬さんは、あたしの姿を見て心からほっとした表情をする。  西田先輩は不機嫌そうな顔をさらにムッとさせ、今にもぶちキレそうだ。大きく体を反らし、威圧するようにあたしを見下ろした。 「久しぶりじゃん、結城。生きてたんだ? あんた文芸部に入ったんだって?」  あたしも通学鞄の取っ手を握りしめ、西田先輩を睨みつけた。いくら先輩とはいえ、こんな人に絶対負けたくない! 「別にあたしがどの部に入ろうと、西田先輩には関係ないじゃないですか。放っておいてもらえます?」  すると西田先輩はニヤニヤとした薄ら笑いを浮かべた。完全にあたしを馬鹿にしている顔だ。 「まあそうなんだけどさ。よくあんな存在感うっすいクラブに入る気になったよね。どうせ陰キャオタクの集まりでしょ? 来年には部そのものが消滅してんじゃない?」 「だったら何なんですか。部活動らしい活動を一つもせず、グダグダ駄弁(だべ)ってお菓子を食べるしかしない漫研よりはずーっとマシです……少なくともあたし達にとっては!」  「何だって!?」 「もういいじゃないですか。あたし達と西田先輩たちの考え方は相容れないと分かってるから、文芸部に入ることにしたんです。それなのにしつこくつきまとって脅して……何がしたいんですか?」 「そりゃ、あんたがどの部に入って何をしようと知ったこっちゃないよ。でも小坂と村瀬は返してもらうからね」 「……はあ!? 何ですかそれ!」  意味が分からない。返してもらうって何?   小坂さんや村瀬さんは所有物じゃないのに!   けれど西田先輩は、自分がいかに横暴で傲慢(ごうまん)なことを口にしているか気づきもしないらしく、歯を剥いて声を荒げる。 「あんたが小坂と村瀬を漫研から引き抜いて文芸部に入部させたことは、こっちも把握してんだよ! どうせウチらへの嫌がらせだろうけど、そうはさせるかっての!!」 「嫌がらせって……言いがかりもいい加減にしてください!! そもそも小坂さんや村瀬さんの意思を確かめたんですか!? 二人とも文芸部に入る前に、漫研の入部は諦めたと言ってましたよ!」 「だったら何? 小坂と村瀬ならウチらが漫研に戻れって言ったら、大人しく従うでしょ……ねえ?」  西田先輩は小坂さんと村瀬さんをぎろりと睨みつけた。 「そ、それは……」 「でも……」  「何? よく聞こえないんだけど! 先輩に何か言われたら返事は『はい』でしょ!!」  西田先輩からドスの効いた一喝(いっかつ)を浴び、小坂さんと村瀬さんはびくりと体を強張らせた。もはや先輩と後輩というより、ご主人様と奴隷だ。 (何よこれ……! こんなのイジメを通り越して、もはや脅迫じゃん!!)  厳しい先輩が一概(いちがい)に悪いとは思わない。厳しいけど面倒見のいい先輩。厳しいけど、いざという時は頼りがいのある先輩。そういう先輩たちも世の中にはいるだろう。  でも西田先輩は、ただひたすら言うことに従えと圧力をかけてくるだけだ。こんな人と一緒にいたって、心の平穏を失うばかりで苦痛なだけだ。 「残念ですけど、小坂さんと村瀬さんは文芸部に入部届を提出しているんです。二人はもう、れっきとした文芸部員なんですよ、西田先輩!! いい加減、現実を受け入れてください!」  あたしがそう言い放つと、西田先輩は顔を歪め、目を吊り上げる。 「何が『現実』だ、いけしゃあしゃあと……! あんたが漫研を駄目にしたんだろ! 何もかもあんたのせいでおかしくなったんだ、この疫病神!!」 「知りませんよ、そんなの。こっちだって言いたいことは山ほどあるけど、西田先輩がそう思うならそれでいいんじゃないですか? 絶対に漫研には戻りませんから」  私は毅然とした口調で言い返すと、小坂さんと村瀬さんの前に出る。 「それに小坂さんや村瀬さんに先輩の意見を強引に押し付けるのもやめてください。二人にも部活動を楽しむ権利があるんです! それなのに頭ごなしに入部すると決めつけて、支配者みたいに振舞うなんておかしいです!!」 「お前、マジムカつく! 誰が支配者だって!? 上下関係をきっちりしろって言ってるだけだろ!!」  あたしと西田先輩の口論はヒートアップする一方だ。あたしも小坂さんや村瀬さんのためにも絶対に退く気はない。それは西田先輩も同じみたいだ。  互いに一歩も譲らない状況を見かねたのか、西田先輩の取り巻きの一人が間に割って入る。  確か槙野英玲奈(まきのえれな)という先輩だったはず。 「まあまあ、友香(ともか)も一年相手に熱くなるのやめなよ」 「英玲奈(えれな)……だってさ!! こいつムカつくじゃん! 一年のくせに!!」 「ごめんね、結城さん。私たちも確かに大人げないところ、あったと思う。もう漫画を描くことに反対しないから、小坂さんや村瀬さんと一緒に漫研へ戻っておいでよ。文芸部で漫画描くなんて、どう考えても不自然だよ」  槙野先輩はそう言って優しく笑う。 「……」  何故、急に先輩たちの態度が軟化したのだろう。どう考えても怪しいし、すぐに信用する気にはなれない。  そんな強い警戒感が顔に出ていたらしく、槙野先輩はすかさず言った。 「私たちも初めての後輩だったから慣れない部分もあったと思うし、傷つけちゃったのなら謝るから……ね? 仲良くしよ?」 「……。でも……」  それにしたって散々、あたしをからかって馬鹿にし、追い出そうとした西田先輩たちが急に改心したとは思えない。  何か裏がありそうな気がする。  ううん、絶対に何かあるに決まってる。
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