10人が本棚に入れています
本棚に追加
まっすぐな廊下をすすみ、階段を降りようと曲がったところで、踊り場の陰に文芸部のメンバーが固まって身を潜めていた。
細田先輩や七河先輩はもちろんのこと、天羽さん、宝生さん、北原くん、相沢くん。みな勢ぞろいだ。
「みんな……?」
「こんなところで何を……」
あたしや宮永くんが驚くと、宝生さんが気恥ずかしそうに眼鏡のフレームを押し上げながら教えてくれる。
「北原に呼び出されたんだよ。結城さんたちが漫研の先輩に脅されてるってさ」
名指しされた北原くんはぎくりとし、一瞬、照れたような表情になったあと慌てて弁明した。
「だって事実だろ! 俺と相沢だけじゃ加勢したところで戦力になりそうにねーし……宮永みてえに一人でも突撃していく度胸なんてねーっつの!」
「それでね、もしものことがあったら助けなきゃって……みんなで様子を窺ってたの」
ほんわかと笑う天羽さん。そして最後に熱血・細田部長がニカッと笑う。
「しかし、その必要は無かったようだな!」
つまり文芸部のみんなは、何かあったらあたし達を助けようと、ここで様子を窺っていたらしい。
このとき心から思った。漫研ではなく、文芸部を選んで本当に良かったと。
西田先輩みたいに上から目線で人の夢を平気で虚仮にし、邪魔して喜ぶ人。槙野先輩みたいに、自分の利益のために他人を利用することしか考えていない人。そんな人はどこにでもいるし、彼らには彼らの言い分があるんだと思う。
でも、そんな人に合わせて自分の夢を諦めるなんて絶対に嫌だ。分かり合えない人に媚びへつらって、自分の『好き』を歪めるなんてもっと嫌。
文芸部にはあたしの邪魔をする人も、あたしの夢を否定する人もいない。みんな目指すところはバラバラだけど、互いに否定することなく、自分の進むべき方向へ進んでいる。
誰かが頑張っている姿を見ていると、自分も心から頑張ろうと思える。それが、今のあたしにはとても心地がいい。
だからきっと、この選択で正解なのだ。
それから文芸部のみんなと合流したあたし達は、揃って新しい部室へ向かった。
文芸部の引っ越しはまだ途中で、その片付けに追われつつも、夏休みに予定されている読書会や、秋の文化祭に出す文集のテーマについて話し合ったりした。
文集については雑談程度で、何かをはっきりと決めたわけじゃないけど、みんなとあれこれ話をしているとイメージが沸き上がって、文集づくりが待ち遠しくなる。
みんなと別れた後、あたしは宮永くんと校門へ向かうことにした。ほとんど習慣になっているけれど、実のところ、あたしはこの時間をとても楽しみにしている。
とはいえ、今日は少しだけ気まずい。西田先輩たちとのトラブルにまたしても宮永くんを巻き込んでしまったから。
「あー、今日は何かごめんね。西田先輩たちとの揉め事にまた宮永くんを巻き込んじゃった……。これで西田先輩との縁が切れるといいんだけど……」
あたしが謝ると、何故だか宮永くんも申し訳なさそうにする。
「僕もごめん。余計なことをしたっていうか……しゃしゃり出るような真似をしてしまった」
「そんなことないよ。漫研の裏事情を知らなかったら、情にほだされて戻ってたかも」
「……。結城さん、本当は漫研に戻りたかった?」
宮永くんは、どこか窺うようにして尋ねる。
「うーん……正直に言えば、ちょこっとだけね。あたしは星蘭の漫研に憧れてたから。西田先輩たちのせいで伝統も実績もある漫研が潰れると思ったら、ちょっとやりきれない気持ちはあるよ」
もし未練に引きずられて漫研に戻ったりしたら、きっと苦しいだけの日々を過ごさなくてはならなくなる。夢を馬鹿にされ、否定され続け、いつしか自分自身にすら嫌気がさしてしまうかもしれない。それだけは絶対にごめんだ。
「でも、もう吹っ切れた。西田先輩たちに馬鹿にされながら高校生活を過ごすなんて、絶対にイヤだもん」
「そう……」
あたしは夕焼け空に向かって、思いっきり腕を伸ばす。
「それにしても、あの人たちにはホント呆れちゃうよね。自分に都合のいい事ばかり言っちゃってさ。少しは反省すればいいけど、そんな事ないだろうなあ……」
西田先輩たちのせいで星蘭の漫研が滅茶苦茶になってしまうのは、とても悔しい。悔しくて悔しくてたまらない。でも、あたし一人の力ではどうしようもないのも事実だ。
すると宮永くんは、意外なことを口にする。
「あきらめるのはまだ早いよ、結城さん」
「え……?」
「来年には漫研の先輩たちは引退していなくなる。そしたら漫研を立て直すチャンスはきっと来るよ!」
あたしは目を見開いた。
そうか、その発想は無かった!
「宮永くん、ありがと! そうだよね……あの人たちはあたし達より先に卒業するんだもんね。そう考えたら少し希望が湧いてきたよ!」
一度、同好会まで格下げされたクラブを部活に戻すのも、評判が地の底まで落ちた漫研の部員を再び集めるのも、険しい道のりになるに違いない。
それでも希望がないわけじゃない。
そう……あたしたちが諦めなければ。
あたしがそう声を弾ませると、宮永くんも嬉しそうに微笑んだ。
「僕も漫画を読んでみようかな。そうしたら結城さんが漫研を再興させるとき、力になれるかもしれないし。結城さんのおすすめ漫画を教えてよ」
「宮永くんはあたしに小説をおすすめしてくれたから、今度はあたしが宮永くんにおすすめする番だね! 宮永くんはどんなジャンルの漫画が好きなの?」
「特にこだわりはないよ。歴史ものやスポーツものが好きだけど、せっかく結城さんに選んでもらうなら、少女漫画も読んでみたいし」
「なるほど……分かった。今度、リストアップしてくるね!」
どんな漫画なら宮永くんも楽しめるだろう。宮永くんはものづくりの世界に興味があるみたいだから、そういう漫画がいいかもしれない。
宮永くんはいつもあたしが面白いと思える小説を絶妙なチョイスでお勧めしてくれるから、今度はあたしが宮永くんに漫画の世界を伝える番だ。
最初のコメントを投稿しよう!