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第二十一話 これってデート?
あれこれ考え込んでいると、宮永くんが改まってあたしに声をかけてくる。
「あの……結城さん」
「え、なに?」
「ちょっと聞きたいんだけど……次の日曜、空いてる?」
「日曜は……何も無かったと思うけど。どうかしたの?」
「その……もし良かったら冬城美術館へ一緒に行くのはどうかな?」
冬城美術館は俵山を含めたこの辺りでは、一番大きな美術館だ。
あたしは美術や芸術のことはよく分からないけど、冬城美術館は建物がモダンでお洒落なカフェも入っているからか、人気スポットの一つにもなっているのは知っている。つまり、若者のデートの場として有名なのだ。
つまり、宮永くんのこのお誘いは……
(も……もももも、もしかしてこれってデートのお誘い!?)
思わず口をあんぐり開けてしまった。この時のあたしは、さぞや間の抜けた顔をしていたことだろう。
宮永くんは首の後ろを右手でしきりと掻きながら、早口で付け加える。
「先週から冬城美術館で県主催の展覧会が開かれていて、僕の作品も出品しているんだ。ここ最近では一番の出来で、珍しく親父にも褒められた。だから結城さんさえ良ければ、一緒に見て欲しい」
「……」
そう言って宮永くんはあたしの反応を窺ってくるけど、あたしはそれどころじゃなくて、宮永くんの言葉の半分も頭に入ってこない。
「冬城美術館は特別展にもけっこう力を入れてるし、常設展も見ごたえがあるから、その……結城さんにとってもいい刺激になるんじゃないかと思って」
「えっと……うん、分かった。その日は暇だし、行ってみようかな」
あたしはさり気ない風を装ったけど、うまくいったかどうか分からない。たぶん、言葉も片言じみてたし、動揺が顔に出まくりだったと思う。
とにかく次の日曜、午後一時に冬城美術館の前で待ち合わせる約束をして、あたしは宮永くんと別れたのだった。
(え、今のどういうこと? ……デート? デートってこと!? どうしよう、あたしデートなんて生まれて初めて……! マジでどうしよう、何すればいいの!?)
おろおろしたり、一人で赤くなったり、ソワソワして、わけもなく部屋を行ったり来たり。
嬉しいけれど、それ以上に気恥ずかしくて、わーっと走り出しそうになる自分を持て余して、あたしはクッションに赤くなった顔をボスッと埋めてしまう。
いろんな感情がごっちゃになって足元がフワフワする。まるで地面に足がついていないみたい。
ひとしきり足をバタバタさせたあたしは、ふと我に返る。
(いやいや、告白だってまだなんだから、デートって決めつけるのは早すぎる! 宮永くんはきっと軽い気持ちで誘ってくれたんだ。たとえば宝生さんや天羽さんでも良かったのかもしれないし!)
いくら何でも前のめりすぎて、自分でも引いてしまう。深呼吸をして、少し冷静にならねば。
「それより……今からきちんと計画立てなきゃ。あたし、いつも勢いで行動して失敗することも多いから気をつけないと……!!」
まずはファッション。ファッションひとつでせっかくの雰囲気が台無しになりかねない。
(ダサいのは論外だけど、気合い入れすぎたら宮永くんをドン引きさせちゃう。あくまで自然に『友だち』って感じで、でもちょっとだけカワイイ路線を目指すんだ!)
ようやく冷静になってきたところで、スマホを取り出す。
(それから当日の交通手段も確認しておかなきゃね。冬城美術館なら電車とバスを乗り継ぐことになるだろうから、時刻表を確認しとかないと……!)
あと家に帰ったらお小遣いの確認もしておこう。美術館って料金が高いイメージがあるけど、ホームページを見てみると高校生は割引対象だから、一般料金よりは安くなるらしい。この金額であれば、今月はお小遣いを使い込んでないから、何とかなるはず。
(とにかく万全の態勢で挑むぞ! うう……早くもキンチョーしてきた……!!)
それから数日は、あっという間に過ぎていった。
そして宮永くんと約束した日曜日、当日。
あたしは自分の考え得る『ダサくないけど気合いも入りすぎてない、ちょっとだけカワイイ』服装に身を包み、鏡の前で入念にチェックをする。
甘すぎないワンピースに白の薄手のニット。鞄も一番のお気に入りだ。
「うん……これで良しっと! あ、そろそろ出発しないと、バスに乗り遅れちゃう!」
慌てて部屋を出ると二階の階段を降りる。そして居間の前を横切ったところで、晴夏と立夏があたしに気づいた。
今日は日曜だからか、二人とも外出の予定は無いらしく、ラフな部屋着に身を包んでいる。
壱夏ばあちゃんの姿はない。ばあちゃんは自治会の活動に熱心だから、出かけているのかもしれない。
最初にあたしに気づいて声をかけてきたのは、居間でどら焼きを食べていた晴夏だ。
「あれ? 舞夏、今日はいつもよりオシャレしてるね。どこか出かけるの?」
「あ……うん。ちょっと冬城美術館に行ってくる」
「舞夏が美術館? 珍しいな。絵とかあまり興味ないのかと思ってた」
卓袱台を挟んで晴夏の向かいに座り、立夏は煎餅をかじりながら首を傾げる。やたらと硬い煎餅であたしは苦手だけど、立夏は大好物なのだ。
「あ、あたしだってたまには美術館くらい行くよ! 何ていうかその……学校の友だちに誘われたの」
あたしの様子から、立夏と晴夏は何かを察したらしい。
「学校の友だち……?」
「それって、もしかして男の子?」
「べ、別にいいでしょ! 女子でも男子でも、友達は友達なんだから!!」
真っ赤になって答えると、晴夏は「ふふ、そうだね」と言って微笑み、立夏は半眼で「思いっきり男子だな」と突っ込む。
「う、うっさい!」
二人とも意外と鋭い。普段は恋愛沙汰なんて縁遠いのに、こんな時に限ってバレバレだ。
それとも晴夏や立夏が気付くくらい、あたしの反応が分かりやすいのか。こういう時、姉妹ってなかなかに厄介だと思う。
「気をつけて行ってこいよ」
「夕方までには帰っておいでね。おばあちゃんが心配するから」
「分かってるってば。行ってきまーす!」
これ以上、詮索されたくなくて、適当に会話を切り上げると、あたしはお気に入りの靴を履いて家を飛び出したのだった。
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