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第二十二話 『天才』
あたし達はギャラリーへと足を踏み入れる。
工芸展というだけあって、陶器の他にも壱夏おばあちゃんが喜びそうな伝統的な作品から、どういう構造になっているのかさっぱり分からない前衛的なものまで、多様性に富んだ作品が並んでいる。
「あっ……!」
宮永くんの作品もすぐに見つかった。『優秀賞』と大きく表示されていたので分かったのだ。
茶道で使うような大振りの茶碗で、宮永くんらしい、素朴ながらも趣のある作品だ。赤みを帯びた渋い風合いの素地に乳白色の釉薬が垂れていて、純朴だけど繊細さを感じさせる。
何より姿がきれいで、均整の取れた形をしている。
あたしは宮永くんの方を振り返った。
「宮永くんの作品、優秀賞だって! すごいすごい!」
「ホントだ……!」
「きれいな形の器だね。何ていうか……すごく宮永くんっぽい」
「ありがとう。僕も安心したよ。親父は賞を獲れとか言わないけど、それでも僕が何も結果を残さなかったらきっと落胆すると思うし。一応、跡継ぎとしての役目は果たせたのかな」
あたしは心の中で思わず笑ってしまった。嬉しいより先に安心が来るところが、真面目な宮永くんらしい。
しかし、宮永くんはふと真剣な表情でつぶやく。
「これで満足していられないよ。上には上がいるんだから……僕はまだまだだ」
そこまで謙遜しなくていいのに。真面目で一生懸命なのは宮永くんの良いところだけど、たまには成果を喜んだり、自分の頑張りを誇ったっていいのに。
(そうじゃないと……いくら陶芸が好きでも、しんどくなってしまうんじゃないかな……)
でも、その考えは口にしなかった。宮永くんには宮永くんの考え方があるんだし、あたしが口を出すべきじゃないと思ったから。
「……そろそろ行こうか」
あたし達は他の展示作品を見て回ることにした。とはいえ、すでに目的は果たしているので、あとは消化試合みたいなものだけど。
サラっと流して終わるつもりだったけど、ある作品の前でふと立ち止まった。思わず足を止めてしまうほど、その作品に目を奪われたのだ。
「あれ……これも玄幽焼……?」
宮永くんと同じ茶碗で、鈍い赤銅色に白濁した釉薬がかかっているのも同じ。
ただ、宮永くんの陶器が完璧と言っていいほど均整が取れているのに対し、目の前の作品にはほんの少し歪みがある。
長年、風雨にさらされ続けた巨石。何百年という時を生き抜いた古樹の幹。そんな泰然自若とした静けさと力強さを感じさせる歪みだ。
悠久の時の流れに耐え、ずっとそこに在り続けてきたような佇まいに、素人のあたしにも、その作品がずば抜けていることが分かる。
その作品の隣には最優秀賞とあり、制作者は『佐久間憐』と書かれてあった。
「これ……その道数十年みたいなベテラン職人さんの作品かな?」
あたしの隣で宮永くんが固い表情をしてつぶやく。
「……さすがだな。敵わないよ」
振り返ると、宮永くんも最優秀賞の茶碗を見つめていた。
……ああ、やっぱり。
そういう確信に、悔しさとやるせなさを混ぜたような、苦しそうな表情をして。
「ひょっとしてこの『佐久間憐』っていう人と知り合い?」
「ああ、僕たちと同じ星蘭高校の生徒だよ」
「ふうん……って高校生!? ウソでしょ!?」
「ほら、あそこにいるのが憐だ」
宮永くんが指し示した先には、高校生くらいの少年がいた。その道数十年の職人さんみたいなイメージからは程遠い、小柄でふんわりとした髪の、柔らかい印象の男の子だ。
今は地元の新聞社の取材を受けているらしく、記者らしき男性と話をしている。
それを終えてから男の子――佐久間憐はこちらへやって来た。子どもみたいに目を輝かせて、弾けるような笑顔を浮かべながら。
「大ちゃん、優秀賞おめでとう!」
すると宮永くんは困ったように微笑んだ。
「……ありがとう。最優秀賞を獲った憐に言われると、どう返していいのか分からないな」
「今回はたまたまだよ。僕は陶芸を始めて一年も経ってないんだから。大ちゃんに比べれば未熟者さ」
それから佐久間くんはあたしに視線を移す。
「……彼女は?」
「こちらは結城舞夏さん。僕たちと同じ星蘭の生徒だよ。文芸部員なんだ」
「そういえば大ちゃんは文芸部とかけ持ちしてたんだっけ……初めまして、結城さん。僕は大ちゃんの従兄弟なんだ」
「苗字も違うし、顔も似てないから、全然気づかなかった」
「でしょ? よく言われるよ」
あたしが驚いていると、佐久間くんはニコッと笑って小首を傾げた。
「佐久間くんも陶芸部なの?」
「僕は大ちゃんと違って初心者コースだけどね。結城さん、良かったら僕とも友だちになってよ」
「う……うん、よろしくね」
「あはは、やったあ!」
佐久間くんはめちゃくちゃ人懐こい顔をして笑う。間違いなく彼は老若男女、誰からも好かれるタイプだ。作品だけでなく、本人も人を惹きつけてやまないところは、蒼ちゃんと似ている気がする。
この天真爛漫な少年が、あの風格漂う茶碗を生み出したなんて信じられない。そのギャップも魅力なのだろう。
佐久間くんは宮永くんに視線を向ける。
「それじゃ、僕は審査員の方への挨拶があるから行くよ。大ちゃん、またね」
「ああ、頑張れよ」
佐久間くんはあたし達に手を振ると、太陽みたいなまぶしい笑顔を浮かべて行ってしまった。
佐久間くんが立ち去ると、あたりの静けさが妙に際立って感じられた。そこにいるだけで場が華やいで明るくなる。佐久間くんはそういうパワーを秘めた人なのだ。
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