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第二十三話 夢を追うって孤独
それからあたしと宮永くんは美術館のエントランスに戻り、入口近くにある売店でお土産を買うことにした。
あたしが買ったのはクリムトの『接吻』のブックマークと特別展の絵葉書。
宮永くんが買ったのはフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』のブックマークと、常設展の絵があしらわれたクリアファイル。
最後にあたし達はそれぞれ買ったブックマークを交換することにした。そのほうが良い思い出になると思ったから。
宮永くんが買った『真珠の耳飾りの少女』のブックマークはあたしのものに、あたしが買った『接吻』のブックマークは宮永くんのものになった。
これからあたしと宮永くんはどうなるのだろう。
それぞれの夢を叶えられるのだろうか。
満足のいく未来を手に入れられるだろうか。
今はまだ何も分からないけど、あたしはきっと今日のことを忘れない。
何が正解かは誰にも分からない。成功の方法は人の数だけあるのかもしれないし、仮に望む成功を手に入れたとしても、それが本当に幸せなことなのか分からない。
悩んで、もがいて、どれほど傷つき倒れても、また新しく一歩を踏み出し、少しずつでも進んでいく。ただそれを繰り返すしかない。
いずれにせよ、あたしは経験も勉強も何もかもが足りてないのだ。
今はただ憧れの世界で一人前になれるよう、たとえ手探りだろうと不格好だろうと、がむしゃらに頑張るしかない。
そして『天才』の衝撃があたしにもやってくる。
翌月、あたしの愛読している少女漫画誌、『ピュアラブ』の月例新人賞で、超大型新人が大賞を受賞し、デビューしたのだ。
大賞は該当者が無いことも多く、年に一度、受賞者が出るかどうかだ。そんな大賞の受賞者が出たという事態に、驚きと興奮を禁じえない。
その大型新人のペンネームはMicoto。
選評によると、男子高校生同士の繊細で複雑な純愛を鮮烈な感性で描いているという。あたしはその題材にひどく驚いた。
確かに同性カップルの恋愛を描いた漫画はあるけど、BLとか百合といったジャンルに限られていることが多い。それに『ピュアラブ』という伝統ある少女漫画誌で、同性カップルの恋愛を描いた作品が受賞するなんて前代未聞だ。
恋愛といえば男女の間のもの―――そんな漫画雑誌の方針を変えてしまうほどの漫画とは、どんな作品なんだろう。
興味をかき立てられたあたしは、本誌に掲載された漫画をさっそく読んでみる。
「え……何これ……!?」
それ以上の言葉が出てこなかった。題材の難しさにもかかわらず瑞々しく、BLっぽさもなければ、
あたしはすっかり作品の世界に没入し、読後には激しく胸を打たれ、涙さえ零れ落ちそうだった。好きな漫画はたくさんあるけど、読み切りでこれほど切ない気持ちになったことは一度も無い。
しばらく何も考えられなくなるような、凄まじい熱量のこもった作品だった。
この漫画で描かれているのは一言で言い表すなら恋愛だけど、友情とも言えるし、人間愛とも言える。人を愛することの美しさだけでなく、苦しさや醜さ、哀しさまでもが描かれているのだ。
『男』と『女』だから惹かれるのではなく、立場や肩書といった『殻』を取っ払った、ありのままの『あなた』と『わたし』。必然性がないからこそ、互いに惹かれあうこと魂が尊く、『個』としての自分を受け入れてくれる存在の得難さが浮き彫りになる。
思えば、同性の恋愛のほうが不自由を強いられているように見えるけど、ひょっとしたら男女の恋愛のほうが『こうしなければならない』、『ああしなければならない』、『こうでなければならない』という固定概念に縛られて、よっぽど不自由なのかもしれない。
男女のカップルでは意味がない。同性カップルだからこそ、この漫画は成立しているのだ。
計算でも計算じゃなくても、この作品を生み出したのは間違いなく『天才』だ。誰にだって描ける作品じゃない。
少なくとも、あたしには考えもつかなかった。
画力には多少、粗が残るものの、そんなことは全く気にならない。構成や演出、セリフ回しなどが巧みで一気に読ませられる。
ただ、その題材ゆえに審査も紛糾したらしく、審査員の賛否は真っ二つだ。片や五十年に一人の逸材と褒めちぎる者もいれば、これは少女漫画ではない、伝統ある『ピュアラブ』にはふさわしくないと拒絶する者もいる。
読者にも相当のインパクトを与えたようで、瞬く間にSNSで話題になり、翌日にはネットニュースにまで取り上げられていた。
先月の受賞者、成瀬杏の話なんて誰もしていない。成瀬杏のファンタジー漫画もかなりの高評価を得ていたはずなのに。
彼女の漫画を絶賛していた人たちは、どこへ行ってしまったのだろう。
さらにショックだったのがMicotoは十四歳……まだ中学生なのだ。
「うそでしょ……!? あたしが中学生の時、こんな漫画、描けなかった……!!」
現段階での技術はたぶん、あたしのほうが上。でも、あたしがどんなに頑張っても得られない『才能』をMicotoは持っている。
凡人がどれだけ望んでも、死ぬほどもがいて足掻いても決して手に入れられないもの。
彼女の漫画を読んで、さすがに落ち込んだ。ショックと無力感で何も手につかないくらいに。
成瀬杏の時は、まだ頑張れば追いつけるような気がしてた。でもMicotoには、どう挑んでいいのか見当もつかない。
しかも彼女はまだ中学生。それだけで大きなポテンシャルを秘めているし、どんどん技術を磨いて表現の幅を広げてくるだろう。
彼女はこれからどんな漫画を生み出すのだろう。それを考えると気が遠くなりそうだ。
(宮永くんも同じだったのかな……? 佐久間くんには絶対に敵わないって……才能の差を思い知らされて、打ちのめされるような思いだったのかな)
宮永くんは諦めることなく陶芸の道を進んでいた。邪念や葛藤に負けず、ただ自分のすべきことに集中している宮永くんの姿を思い出すと、少しだけ元気が出てきた。
あたしも……あたしも諦めたくない。
『天才』とか『才能』とか、そんなものに負けたくない。
あたしは絶対に漫画家になるっていう夢を叶える。
漫画家になって、人の心を動かすような面白い漫画をたくさん描くんだ。
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