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第三話 漫画研究部
ところが、ショックな出来事はそれだけに留まらなかった。
あたしは高校生になったら絶対に漫画研究部――いわゆる漫研に入ると決めていたし、その時が来るのを楽しみにしていた。星蘭高校を選んだのも漫研の活動が盛んだったからだ。
星蘭の漫研は様々な大会やイベントの常連で、メディアにも取り上げられるくらい有名だった。文化祭には漫画文集を作るのが慣例で、読み応えのある漫研の文集はちょっとした文化祭の名物にもなっていた。
生徒だけじゃなく保護者や一般客にも人気で、漫画文集を目当てに星蘭高校の文化祭に通う人までいたそうだ。その証拠に文集は毎年、完売していたという。
あたしも中学生の時、友人に誘われて行った星蘭高校の文化祭でたまたま漫研の文集を買い、すごいと感動したのを覚えている。
絵も上手いし、内容も面白い。それだけじゃなく、端々から漫画を描く楽しさが伝わってくる。その漫研文集がきっかけで、あたしは星蘭高校に進学すると決めたのだった。
そもそも漫画制作は孤独だ。悩みがあっても相談できる相手がいないし、具体的なアドバイスをくれる人はもっと稀だ。
ユーチューブで情報発信している漫画家もいるし、それはそれで参考になるけど、彼らの悩みはあくまで『プロ』の悩みであって、あたしみたいな駆け出しかどうかも分からないド新人の悩みとは微妙に違う。
でも、もし仲間がいたら……同じ夢を持つ先輩や同級生となら悩みを共有できるかもしれない。互いの存在が刺激になるのはもちろん、苦しい時、行き詰った時に励ましあい、支え合えうこともできるかもしれない。
有名な星蘭の漫画研究部なら、きっと本気で漫画家を目指す子も集まってくるだろう。
だから、高校生になるのが待ち遠しいくらい、漫研の活動を楽しみにしていたのだ。
ところが、あたしがいざ漫研の教室に足を運んでみると、その期待はものの見事に打ち砕かれてしまった。
何故なら、かつて精力的に活動していた漫研はすっかり変り果て、完全に『菓子でも食べながらどうでもいいことを駄弁る会』に成り下がっていたのだ。
漫研の部員はそこそこいるけれど、誰も漫画を描いていない。本棚に漫画はたくさん並んでいるものの、誰にも読まれずに埃を被っている。
スマホを持ってる男子生徒たちは電子漫画ではなくゲームに熱中し、女子生徒たちは机を囲んでポリポリと菓子を食べ、ギャハギャハと笑い話に花を咲かせている。
それが漫画談義ならまだいいけれど、彼らの話の内容と言えば、学校の先生や生徒の噂話、昨日見たユーチューブやTikTokの話題ばかり。真面目に活動している人は皆無だ。
(何なのこれ……漫画研究部なんて名前だけで、みんな適当に時間を潰しているだけじゃん!)
聞くところによると、熱心に活動をしていた部員はみな卒業してしまい、長年にわたって熱心に漫研の指導に当たっていた顧問の先生も他校へ転勤してしまったらしい。
それを機に漫研は『趣味勢』に乗っ取られてしまい、名ばかりの部活になってしまったのだという。それだけでも溜め息が止まらないのに。
何よそれ、期待してたのにホントがっかり。
(でも……まだ新学期だから、みんなのエンジンがかかっていないだけかもしれないし、秋の文化祭のシーズンに向けて漫画を描くとか……そういう事かもしれないし)
漫画研究部のあまりにもやる気のない、ぬるま湯のような雰囲気に辟易としながらも、わずかな希望を胸にあたしは漫研の部室、第二美術室へと通っていた。
はっきり言って居辛いし、時間を無駄にしているだけのような気もしたけど、漫研で友達ができれば少しは変わるかもしれない。その可能性に一縷の望みを託していた。
ところが、その希望すら粉々に打ち砕かれてしまった。
漫画研究部を乗っ取った『趣味勢』の中に二年生の先輩がいる。その西田友香という先輩は、どこかからあたしが漫画を描いていることを聞きつけたらしい。
あたしが漫研で一人、絵の練習をしていると、西田先輩は女子を何人か引き連れ、ニヤニヤしながらあたしに近づいてきた。
「あなた、一年の結城さんでしょ? 漫画を描いて投稿してるって本当? 結城さんと同中だった子から聞いたんだけど~!」
あたしは中学生の時から漫画を描いていること。漫画家になりたいことを隠さず、周囲にはっきりと公言してきた。別に隠すようなことだと思わないし、悪いことをしているわけでも無いから。
でも、西田先輩に限っては完全に裏目に出てしまった。
「まさかとは思うけどさあ、本気で漫画家、目指してるとかじゃないよね? そこまで身の程知らずじゃないよねぇ?」
西田先輩はニタニタして、のっけからあたしを挑発してくる。馬鹿にする気満々といった感じだ。その悪意に満ちた態度に、あたしはさすがにムッとする。
「……目指してますけど、それが何ですか?」
「漫画家を目指すとかフツーあり得ないでしょ。自分に才能があるとでも思ってんの? 一年のくせに生意気すぎ。自分の立場、わきまえなよ」
何それ、ますます訳が分からない。あたしに漫画の才能があるかどうかはともかく、一年だから生意気? 自分の立場をわきまえろ? 漫画家になるためには西田先輩のご機嫌を伺わなきゃいけないの?
……そんなの馬鹿げてる!!
頭にきたあたしは、つい言い返してしまった。
「お言葉ですけど、西田先輩はあたしの漫画、一度でも見たことがあるんですか?」
「はあ? あるわけないじゃん」
「ですよね。でもそれ、おかしくないですか? あたしがどんな漫画を描いているかも知らないのに、どうして才能の有無が分かるんですか?」
「へえ……? すっごい自信じゃん。そこまで言うなら見せてよ、結城さんの漫画。まさか嫌とは言わないよね?」
「いいですよ。今日はデータを持ってきてないんで、明日プリントアウトしてきます」
「絶対に持ってきなよ。あたしらが指導してあげるからさ」
西田先輩はそう言って仲間たちと顔を見合わせ、意地の悪い笑いを漏らす。
どうせ大したことないくせに。その生意気な鼻っ柱、叩き折ってやる―――そんな底意地の悪さでいっぱいの笑み。
すごく嫌な感じがしたけど、ここで引き下がるのはもっと嫌だった。
ただでさえ漫研の活動をまともにさせてもらえなくて納得がいかないのに、何であたしの夢にまで「ああだこうだ」と口出しされなきゃならないの。
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