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翌日、あたしは約束通り、プリントアウトした原稿を持って漫画研究部に向かった。『月刊ピュアラブ』の最終選考に通過して、少しだけど講評ももらえた、あたしの中では一番の自信作。それを西田先輩たちの面前に突きつけてやった。
「え……絵、うまっ!」
「すご……! めっちゃ漫画じゃん……!」
あたしの漫画が想像以上の出来だったのか、先輩たちは目を丸くしている。難癖つけるのも忘れて、純粋にびっくりしているようだ。あたしは先輩たちの反応を見て、少しだけ胸を撫で下ろす。
これであたしが本気で漫画家を目指しているのだと、先輩たちは分かってくれただろうか。そして、もう妙なイチャモンをつけてこなくなればいいんだけど。
一方、言い出しっぺの西田先輩も最初はあたしの原稿を見て驚き、頬をひくつかせていたけれど、すぐに歪んだ笑みを浮かべて言った。
「ふ、ふうん……? 実力はまあまあ、あるみたいだけど……デビューはまだなんでしょ?」
「ええ……それはまあ」
「分かるわー。だって……これ流行からちょっとズレてるよね? 学園を舞台にした青春恋愛ものなんて、とっくに飽きられてるでしょ。今は何たってファンタジーが人気だし、キャラデザとか画面とかもっと華がないと駄目じゃん。いくら絵が上手くってもねー。マーケティングとかターゲット層とか? そーゆうのを疎かにしてるんじゃあね。だから受賞できなかったんでしょ。読者の心を掴んでない、イマイチな作品だってことじゃない?」
あたしはカチンときた。そりゃ、褒められて当然の出来だって思ってるわけじゃないし、西田先輩の言うことにも一理あるのかもしれない。
でも彼女はあたしのためを思って『アドバイス』しているわけじゃない。ただマウントが取りたいだけなのだ。お前なんか大したことない。最終選考に残ったのもちょっと絵が上手かっただけ。そうやってあたしを貶め、他の部員たちの前で恥をかかせることで、自分の優位性を示したいだけなのだ。
何でそんなくだらない見栄のために、あたしの努力が否定されなきゃならないの?
冗談じゃない!
あんまり腹に据えかねて、あたしは思わず反撃に出てしまった。西田先輩を真正面から見据え、にこやかな笑顔を浮かべて皮肉たっぷりに挑発する。
「すごいですねー、先輩って漫画のことよくご存じなんですね!」
「ま……まあね」
「そんなに詳しく『アドバイス』できるくらいなら当然、漫画も描いてますよね? あたし西田先輩の作品を読んでみたいです。先輩の漫画、ぜひ見せてください!」
「は、はあ!?」
「まさかあんなに偉そうにしておいて、しかも漫研の部員なのに漫画を描いてないなんて……そんなはずないですよね? 自分は投稿すらしてないのに、他人の作品にあれこれ言うなんてダサすぎですもんね。……絵だけでもいいです。今ここで描いてみてください」
すると西田先輩はすっかり返答に窮してしまった。あたしが予想した通り、彼女は典型的な『口だけ人間』なのだ。他人のやっていることにあれこれ口は出すけど、絶対に自分は何もしない。それどころか努力している人間を上から目線で批判して、何かを成し遂げたつもりになっている。
他人の足を引っ張ることで、自分を怠慢を正当化しているのだ。
西田先輩が漫画研究部で大きな顔をするのは構わない。でも、あたしの夢を否定するのだけは絶対に許さない。
先輩を言い負かした瞬間はさすがに胸がスッとした。
でも結果的に、あたしのしたことは悪手だったことになる。
それ以来、西田先輩たちは漫画研究部の活動中、あたしに陰湿な嫌がらせをするようになったからだ。
無視やすれ違いざまに舌打ちするくらいならまだいい。最悪なのは、あたしのスケッチブックや文房具や画材、コピックなどを先輩たちに隠されたことだ。画材を机の上に置いたまま、お手洗いから帰ってきたら、それらが全て無くなっていたのだ。
あたしが席を外したのは、ほんの五分。そんな短時間で画材がなくなるなんてどう考えてもおかしい。誰かが持ち去って隠したとしか思えない。
慌てて周囲を見回すと、案の定というべきか西田先輩たちがクスクス笑いながらあたしの反応を観察してる。
(ちょっと……嘘でしょ!? 小学生じゃあるまいし、信じらんない!!)
あたしがぶち切れたのは言うまでもない。画材だってただじゃないのだ。お小遣いやお年玉を切り詰め、ようやく買った宝物なのに!
どうにか取り返したい一心で、あたしは先輩に画材を返してくださいと迫った。
すると先輩はニヤニヤしながら「知らなーい。結城さん、家に忘れてきたんじゃなーい?」などと言ってシラを切る。
ざまあ見ろ、ちょっと漫画が描けるからって調子に乗ってるからよ。そう言わんばかりの得意げに歪んだ顔。一緒になってケタケタと笑い声を漏らす仲間たち。
(嘘つけ、絶対あんたたちの仕業でしょうが!)
そう確信したあたしは、しつこく西田先輩につきまとった。それこそ返してくれないなら先輩の家にまでついて行くという勢いで。
すると、さすがにあたしの相手をするのが面倒臭くなったらしい。
「あ、ごめーん! そういえば間違えて持ってたわ!!」
先輩はそう言って机の中から画材を取り出すと、それをあたしに投げつけて返す。
スケッチブックや画材、コピック。どれもあたしの持ち物だ。けれど乱暴に投げつけられたスケッチブックは開いたままひっくり返って床に落ち、コピックやペンもケースから飛び出てあたりに散乱する。
あたしは慌ててかき集めた。せっかく買い揃えた道具が破損してしまったら大変だ。
西田先輩たちは床に這いつくばるあたしに「あはは、ダサッ!」「必死すぎ~、引くわ!」などと嘲笑を浴びせかけながら漫研の部室―――第二美術室をぞろぞろと出ていったのだった。
あたしは腹が立って、悔しくて悔しくて……それでもぐっと唇を噛みしめて黙々と画材を拾い続ける。
西田先輩たちの他にも部員はいるけれど、面倒ごとには巻き込まれたくないとばかりに視線を逸らし、見て見ぬふりをしている。
ただ二人の女子生徒が近づいてきて、画材を拾うのを手伝ってくれた。
「結城さん……こっちにもペンが落ちてたよ」
「だ、大丈夫……?」
小坂さんと村瀬さん。クラスは違うけど、あたしと同じ一年生だ。二人とも大人しそうな印象で、いつも一緒にいる。どうやら二人はクラスメートらしい。
「……ありがと、小坂さん。村瀬さん」
あたしは気力を振り絞って微笑み、二人に礼を言った。他の見て見ぬふりをしている部員にくらべれば、小坂さんや村瀬さんはずっと優しいし、勇気がある。
本当は二人ともっと話をしてみたい。二人とも漫画研究部に入るくらいだから、きっと漫画が好きなはずだし、部室には毎日来ているけど、あたしと同じで居辛そうにしている。
二人は漫研が『趣味勢』に占拠されたこの状況をどう思っているんだろう。本当は先輩たちに気兼ねすることなく、漫画が描きたいと思っているんじゃないだろうか。
これを機に彼女たちの本音を聞いてみたい気もしたけれど、あたしは口を開くことなく黙っていた。
小坂さんと村瀬さんの考えがあたしと同じだとは限らない。これ以上、誰かと対立するようなことはしたくなかった。
漫画研究部にも一応、新しい顧問の先生はいるものの、その先生は「漫画研究部なんて部活じゃなくて同好会」くらいにしか考えてないらしく、滅多に部活に顔を出さない。
つまり、現状では西田先輩たちの横暴を止められる人は誰もいないのだ。
おまけに西田先輩から目をつけられて以来、あたしは漫研の中でも厄介者扱いされてしまい、仲の良い友達も一人もできないままだ。
だから余計に孤立してしまい、先輩にナメられるという悪循環に陥っていた。
それにしたって、この扱いはあんまりだ。あたしにも悪いところはあったかもしれないけど、それを差し引いたって西田先輩のやり方はおかしい。
聞けば西田先輩はこれまでも漫画研究部に入部しようとした、本気で漫画を描きたい子―――いわゆる『ガチ勢』に陰湿な嫌がらせをして追い出した過去があるという。
それを知って、あたしはますます怒りが沸き上がる。彼女に何の権利があってそんな事をするのだろう。
(西田先輩が我が物顔でのさばっている限り、漫研で漫画は描けない……! あの人は漫画なんて描いてもないし、コミックスだって読んでない。ただ放課後、仲のいい友達とグダグダできる居心地のいい空間が欲しいだけ。そんな人のせいで伝統ある漫研が滅茶苦茶にされるだなんて、どう考えても間違ってる!!)
どう考えても納得がいかないあたしは、漫画研究部の部長に直訴することにした。
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