my colour

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 パサついたパンをそのままかじり、冷蔵庫の牛乳をパックのまま直接喉に流し込む。命を繋ぐために無理やり口をもごもごと動かすうちに目が覚めていく。  今日は描けるだろうか。あの美しい海を。全てを等しく受け入れる、母なる青を。……いや、描かねばならないんだ。  画箱を開けば、昨日がむしゃらに描いたスケッチがあふれ出す。同じ構図のそれらは、昨晩の出来事を思い起こさせた。  四月も中頃、夏が遠のいていくエスペランスには、海目当ての観光客はもうほとんどいない。それでも夜の街はそれなりに賑わっている。俺の働くバーも例外ではなかった。  誰に急かされることもなくバーカウンターの奥で淡々と仕事をこなしていると、男性の嗄れた大声が聞こえてきた。見ればヨーロッパ系の大男が、オーナーに話しかけているようだった。 「おいおい、なんだこの薄っぺらい絵は? 外に出りゃあ目の前に本物の海があるってのに、なんでニセモノなんて飾ってるんだ?」 「これは向こうの彼が描いたものなんだが……、うん、まあ、今はいろいろ上手くいってないんだよ、きっと。才能は、間違いないんだ。これから伸びるって僕は信じてるよ」  男が俺の絵を指さして下品に笑う。オーナーは機嫌を損ねないように苦笑いで対応する。ふたりが俺の方に視線を向ける。嘲笑と憐憫。気づかないふりをして、がむしゃらに手を動かした。  オーナーは俺の描く絵を気に入ってくれていて、新作を描き上げる度に店に飾ってくれる。俺の生み出す世界を認めてくれる。ただその事実が、何よりも嬉しくて、コンテストで結果が出ない俺の支えであり誇りでもあった。  その場しのぎのつもりだったんだろう。オーナーは、英語もカタコトの日本人を雇って、住むところまで与えてくれた最高のお人好しだ。オーストラリアでいちばんの海とも言われるラッキー・ベイよりも澄み渡った人だからこそ、言葉は深く突き刺さった。
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